病態
・硬膜後方の前方移動により硬膜と椎体に脊髄が挟まれ、圧迫されることでC5~Th1髄節レベル(特にC7,8髄節レベル)の前核細胞障害をきたすことが原因とされます。循環障害をきたすことで最も脆弱な脊髄前角に限局した障害が起こるとされています。感覚神経は一般的に障害を免れます。若年性一側上肢筋萎縮症など様々な名称がありますが、何よりも日本の平山恵造先生が発見された疾患です。
・頸部前屈が本疾患では硬膜移動と関係しているとされますがその機序に関しては以下の様に考察されています(文献上良いシェーマがなく自分で作ったものなのでどこまで病態を正確に反映しているかは自信がないですが)。
・前提の解剖知識として、脊柱管内の硬膜は大後頭孔と尾骨では骨と密に接着していますが、その他の部位とは密に接着していません(つまり硬膜は椎体と密に接着している訳ではありません)。また一般的に頸部を前屈させると脊柱管は約3cm長さが伸びるとされています。
・通常は硬膜の長軸方向の長さにある程度のゆとり(たわみ)があるため、頸部が前屈して硬膜が引き伸ばされてもたわみが解消されるだけで問題ありません。しかし、「硬膜の長さにゆとりが無い場合」は頸部前屈により硬膜が長軸方向にピンと張ってしまいます。先程申し上げた様に硬膜と椎体はそこまで密に接着していないため、硬膜は椎体から離れて前方に移動するという機序が想定されています。
疫学
10歳代から20歳代前半の若年発症であることが本疾患の特徴です。報告では男性が圧倒的に多いですが、私は女性の症例経験も1例あります。
臨床症状
筋萎縮、筋力低下の分布としては上肢のdiffuseな障害ではなく、小手筋群と前腕尺側に目立ち、上腕には認めません。このため症状としては上肢遠位の巧緻運動障害・筋力低下から発症する場合が多いです(このような病歴をひろうための方法はこちらをご参照ください)。
前腕尺側の筋萎縮が目立ち、前腕橈側の腕橈骨筋、橈側手根伸筋は保たれる傾向にあります。手首では屈筋が伸筋よりも筋力低下が目立ち(橈骨手根伸筋は保たれる)、手指は逆に伸筋のほうが屈筋よりも筋力低下が目立ちます。肘から前腕橈側への筋委縮の分布を斜め型筋萎縮(oblique amyotrophy)と表現します(下図はEuropean Spine Journal (2018) 27:1201–1206より引用)。上腕は基本的に障害されません。
ALSでは上肢がdiffuseに障害されるのに対して、平山病ではこのように筋萎縮の分布に選択性があることが特徴です。
罹患上肢はほとんどが一側性ですが、両側性の筋萎縮をきたす場合もあります(一側から発症し、進行して対側も罹患する)。下図は両側性の症例ですが、第一背側骨間筋を中心とした手内筋の障害が目立つ一方、やはり腕橈骨筋は保たれる傾向にあります(Neurology ® 2009;72:2083–2089)。
増悪因子としては頸部前屈を数分以上継続する状況(スマートフォンを見る姿勢、机での作業など)、寒冷麻痺(cold paresis: 寒冷により手指筋力低下が増悪する)が挙げられます。特に寒冷麻痺は有名な所見です。
錐体路徴候は認めず、感覚障害も通常認めません。
検査
■電気生理検査
・神経伝導速度検査:尺側の障害が目立つことを反映して、CMAP ampはADMの方がAPBよりも低下します。前角障害を反映してF波出現頻度が減少します。後根神経節以遠の障害はなく、SNAPは正常範囲内です。
・針筋電図:C6~Th1髄節支配領域の筋肉に神経原性の所見を認めます。活動期には脱神経所見を反映した安静時自発電位を認めます。これは治療介入をするべきかどうかの参考になります。
*頸部前屈により電気生理検査のパラメーターが変化するかどうか?
・頸部前屈をしてもF波やSEPの検査結果は頸部非前屈と違いはなかったとする報告があります(J Neurol Neurosurg Psychiatry 2006;77:695–698.)。
・しかし、これらの報告では前屈時間が不十分であった可能性が指摘されており(上記の報告では具体的に何分前屈位にしたか記載はありません)、30分前屈位を維持してから(下図参照:30分も前屈してもらうのは実際なかなか大変ですが・・・)F波を非前屈位と比較した研究があり紹介します(平山病38例、ALS24例、健常者41例の頸部前屈と非前屈位でのF波の検討:Journal of the Neurological Sciences 367 (2016) 298–304)。
この研究では平山病患者では前屈位の方が非前屈位と比較してrepeater F波が有意に多く(下図右が頸部前屈位:1、2と番号が振ってあるものがrepeater F波)、F/M比も有意に上昇していました(健常者とALS患者では頸部前屈によるF波の変化なし)。repeater F波は同じ運動単位から生じることから、平山病では頸部前屈により脊髄前角細胞が圧迫されることで、同じ運動単位の前角細胞が発火しやすくなるためrepeater F波を生じている病態が考察されています。
■脳脊髄液:基本的には異常所見を認めません。
■画像検査
・平山病においてkeyとなる検査です。正中位+頸部前屈位(30~40度程度)の双方で撮影する必要があります。通常頸部前屈位はルーチンで撮影しないため、上記の臨床像から平山病を疑い、積極的に前屈位をオーダーします。MRIが自然と病気を教えてくれる訳ではありません。下図のように前屈で硬膜の前方移動を認めることがポイントです。病態のところで解説しましたが、このようにして拡大するのは後ろの硬膜外腔であり、同部位に含有される脂肪や静脈叢の怒張を反映した画像変化を呈します。
横断面では脊髄が扁平化し、筋萎縮がある側で扁平化が強くなります。これは病理でも確認されます(下図 Internal Medicine 2000;39:283より引用)。
・頸部が通常の位置での所見の感度、特異度は以下の通りです(”LOA: loss of attachment”)。頸髄の萎縮、左右非対称の扁平化、髄内T2WI高信号(非圧迫性)をC4-C7レベルを中心に認めます。信号変化は通常前角に限局する傾向があり、同部位の虚血の病態と関係している可能性があります。
治療
・自然経過でもいずれ進行は呈ししますが、慢性期にいたる前に診断し治療介入することで後遺症を軽減することが重要です。頸部前屈による硬膜の前方移動が主病態なので、頸部前屈を制限する目的で頸椎カラーを装着することが一般的です。
・手術療法は頚椎の生理的な柔軟性を固定してしまうため、将来的に頚椎への負担が大きくなる懸念があります。また前屈を防ぐという目的であれば頚椎カラーでも十分であるため、手術よりも保存的な頚椎カラーで経過を追うケースが多いかと思いかもしれません。
参考文献
・Internal Medicine 2000;39:283 平山先生が執筆された平山病のreviewです。
・BRAIN and NERVE 60(1):17-29,2008 若年性一側上肢筋萎縮症(平山病)―発見からの半世紀 こちらも平山先生が執筆されたreviewになります。
・Neuroimag Clin N Am 21 (2011) 939–950