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左心耳の世界

解剖・形態

左心耳(LAA: left atrial appendage)は1909年に同部位に血栓ができることで脳梗塞になることが指摘されてから脚光(?)を浴びるようになった解剖構造です。左心房と比較して左心耳は非常にcomplianceが高いため、圧が上昇した際のリザーバーとしての機能・役割があるのではないかと指摘されていますが、脳梗塞領域においては非常にやっかいな構造物です・・・。

左心耳は4つの形態に分類されます。“Chickenwing(鶏手羽型)” 48%、”Cactus(さぼてん型)” 30%、”Windsock(吹流し型)” 19%、”Cauliflower(カリフラワー型)” 3%の4つです。私は初めてこの分類を紹介している論文を読んだとき衝撃を受けました。ネーミングのセンスが日本人の発想にはないですよね・・・。

鋳型でみると下図のような感じになります。

実際の解剖で確認すると下図の通り。

更にこれをTEEの場合やアンギオの場合、3DCTで確認した場合は下図のようになります。

この中で特に“Chickenwing”型が塞栓症リスクが最も低く、カリフラワー型が塞栓症リスクが高いとされています。左心耳内の構造が複雑だと血栓が形成されやすい傾向にあり、単純な構造だと血液がうっ滞せず血栓が形成されにくい傾向にあるようです。確かに”Chickenwing”型は内腔がスルッとした構造で血液が停滞しにくいのかもしれません。まだこの左心耳の形態を元に抗凝固療法の適応を決めるという次元まで話は進んでいません。

経食道心エコー検査 TEE: transesophageal echo

左心耳は体表から遠く、経胸壁心エコーで形態や流入血流速度を評価することは不可能です。このため左心耳の評価を行う場合は経食道心エコーで行います。

■血栓

左心耳の評価の注意点は、左心耳内の櫛状筋を血栓と見間違えてしまうことと、アーチファクトを血栓と勘違いしてしまう場合が挙げられます。私は自分でTEEを行うのですが、いまだに判断に悩む場合もあるので角度を変えてみたりcolor dopplerがきちんと流入するかどうかなどの確認が必要です。報告ではTEEは左心耳内血栓検出において感度92%、特異度98%と報告されています。

■SEC(spontaneous echo contrast):「もやもやエコー」

SECは日本では「もやもやエコー」とかわいらしい表現をされています。SECを認めると、脳梗塞を18.2%/年(抗凝固療法なし)、4.5%/年(抗凝固療法あり)で認め、脳梗塞の頻度3倍程度に増加させるとされています。dense SEC/sludge(日本語でヘドロ)を血栓が存在することと同様に臨床的に扱うかどうかは議論が分かれるところです。

■左心耳内血流速度

左心耳内血流速度は以下のリスクになりうるとされています。
・40cm/s以下:SEC,脳梗塞リスク
・20cm/s以下:血栓形成、脳梗塞リスク

不整脈ごとに左心耳内血流速度を比べると、洞調律>発作性心房細動、心房粗動>慢性心房細動となります。実際にも慢性心房細動では左心耳のremodellingが起こり、左心耳が大きく、ほとんど動いていない場合もよくTEEをしていると目にします。

■カラードップラー

必ず毎回カラードップラーで左心耳内にドップラーが乗るかどうかを視覚的に確認します。

TEE以外の左心耳評価の方法として、最近はCTと心臓MRIの精度が非常に高くなってきているので有用です。以下にそれぞれの特徴まとめを載せます。

左心耳への治療介入

近年左心耳への外科的(もしくは経カテーテル的)アプローチが盛んになってきています。簡単にまとめます。これらは特に抗凝固療法を長期的に行うことが難しい出血傾向の患者さんなどで有用になります。2019年のAHA/ACCの心房細動ガイドラインでのこれらの外科的治療の推奨度が上がりました。

1:左心耳閉鎖デバイス

カテーテル治療で左心耳を内腔側から閉鎖するデバイスです。しかし、結局デバイスへの血栓予防目的に抗血小板薬を内服し続けないといけない欠点があります。

2020年”PRAGUE017″trialというはじめて心房細動で塞栓症高リスクかつ出血高リスク患者での左心耳閉鎖デバイス VS DOACの非劣勢RCTが行われ、左心耳閉鎖デバイスはDOACと比べて脳卒中を含む複合エンドポイントにおいて非劣勢の結果でした(J Am Coll Cardiol 2020 Jun 30; 75:3122 下図参照)。今後さらなる研究に期待です。

2:左心耳外科的切除(胸腔鏡下)

通常心臓手術を開胸で行う場合は左心耳も一緒に閉鎖することが多いですが、これは左心耳だけをVATS下で切除する方法です。開胸手術と比べて低侵襲な治療法です。日本でも実施している施設はかなり限られます。

以上左心耳に関してまとめました。

参考文献
・JACC 2012;60(6):531-8 :左心耳の形態と脳梗塞の合併率を後ろ向きに検討した論文。

・JACC 2014;7(12):1251:左心耳に関するreviewで非常に良くまとまっています。

・Ann Thorac Surg 2017;104:2111:左心耳への外科的介入のまとめです。