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グルテン失調症 Gluten Ataxia

GRD(グルテン関連疾患:gluten related disorders)は小麦などに含まれるグルテンを摂取することをトリガーとして様々な症状を引き起こす疾患の総称で、腸管症状だけでなく腸管外症状を呈する場合もあります。自己免疫性疾患としてはセリアック病、グルテン失調症、疱疹状皮膚炎があり、それぞれ自己抗体はセリアック病はTG2(transglutaminase)、グルテン失調症はTG6、疱疹状皮膚炎はTG3が関連しているとされています。

今回はこのうちグルテン失調症に関して、私はまだ自分で診断出来たことが無いのですが、鑑別で挙がるケースがあったので勉強した内容をまとめます。

疫学

グルテン失調症はGRDの中でも腸管外症状として神経症状を呈する中では最も多いものです(失調以外には末梢神経障害、脳症、てんかん±後頭葉石灰化、筋症、脊髄症、まれに舞踏病などがあります)。

海外からの報告では小脳失調症全体の15%、孤発性特発性小脳失調症の40%がグルテン失調症であったとされています(Dig Dis 2015;33:264–268 以下特に断りがない限りこの論文からの印象です)。かなり多い印象ですが、日本では海外と比較して遺伝背景(グルテン失調症と関連のあるHLA-DQ2が日本では1%未満)や小麦摂取量が少ないため疫学が異なると思われます。(下図は国ごとでの小脳失調や健常人での抗グリアジン抗体陽性率の報告まとめ)

日本で14人の特発性小脳失調症(MSAを除外)、27人のその他神経疾患(PD9人、ALS18人)、健常人47人でのグルテン感受性を検討(抗グリアジン抗体)を検討した研究では、特発性小脳失調症患者の14人中5人(36%)が抗グリアジン抗体陽性で、その他の神経疾患では27人中1人(4%)、健常人47人中1人(2%)が抗グリアジン抗体陽性の結果でした(DOI: 10.2169/internalmedicine.45.1351)。この結果から確かに日本人でも小脳失調症の一部にはグルテン感受性が関与していることがうかがえます。

また日本で49例の孤発性特発性小脳失調症患者(MSA、遺伝性脊髄小脳変性症、腫瘍関連を除外)では抗グリアジン抗体が8例(16.3%)で陽性であったとされており(各患者の特徴が下図)、日本は海外に比べるとその頻度は少ないですがグルテン失調症が小脳失調として重要であることが示唆されます(Cerebellum (2014) 13:623 – 627)。

神経症状

発症様式は緩徐で、傍腫瘍性のような急性進行性の経過をとることはまれとされています。発症年齢の中央値は53歳です。注視誘発性眼振や小脳性の眼球運動障害が~80%に認めるとされています。全例に歩行障害を認めます。腸管症状を呈する患者は~10%以下とされますが、~40%は生検すると腸症の所見を認めるとされます。この結果をみると腸管症状がないからといってグルテン失調症は全く除外出来ないことが分かります。

~60%は末梢神経障害(sensorymotor, length-dependent, axonal neuropathy)を合併するとされていますが、この末梢神経障害は通常mildで失調には寄与しないとさえれています。

セリアック病と非セリアック病での神経症状には大きく差はなく、グルテンフリー食で改善することが知られています。

頭部MRI検査では60%が小脳萎縮を認めるとされています。脳血流SPECTでは全例小脳の血流低下を認め、特に小脳虫部が障害されるとされています。

検査・診断

抗体:抗グリアジン IgA/IgG 抗体・抗 TG2 抗体・抗TG6抗体
HLA:DQ2/DQ8
腸管生検:十二指腸

元々グルテン失調症は「抗グリアジン抗体陽性の特発性孤発性運動失調症」と定義(1996年から)されていましたが、これは抗TG6抗体とグルテン失調症の関連が指摘される前の話です。トランスグルタミナーゼの中でもTG6は中枢神経に発現しており、抗TG6抗体とグルテン失調症の関連が指摘されるようになってからその有用性が指摘されています(Neurology 2013;80:1740)。抗TG6抗体は抗グリアジン抗体陽性孤発性特発性小脳失調症の73%、抗グリアジン抗体、抗TG2抗体陰性特発性孤発性運動失調症の32%で陽性と報告されており、抗グリアジン抗体陰性の場合でも診断に寄与する可能性があります。しかし、この抗TG6抗体は測定が困難なことが難点です。

抗体と疾患の関係を以下にまとめます(Lancet Neurol 2010; 9: 318–30)。

実臨床ではこれらの抗体を測定し、背景のグルテン感受性を評価して、(他の小脳失調をきたす疾患を除外し)治療的診断のような形でグルテン制限をしてフォローしていくしかないかと思います。

治療

トリガーとなるグルテンを食事から排除することがまず第一です。治療反応性は失調のあった期間に依存するとされています。グルテン失調症の病理ではプルキンエ細胞の障害が起こっています。小脳プルキンエ細胞の喪失は不可逆的なものなので、早期の介入が重要とされています。グルテンを厳しく除外した食事を継続していると抗グリアジン抗体も消失するとされています。

またグルテン失調症の病理では血管周囲にT細胞を主体とした細胞浸潤を認めており、免疫学的機序が推定されています。このため、免疫治療の効果があったとする報告もあります。

抗グリアジン抗体陽性の小脳失調症4人に対してIVIg療法(0.4g/kg 5日間)を実施し、ICARSで症状を前後比較したところ2~3週で症状が全例で改善した報告がIVIgが効果があることを示唆した最初の報告です(Ann Neurol 2001;50:827)。

また生検でセリアック病の確定診断がついている失調、small-fiber neuropathyを呈する3人に関してグルテン制限だけでは効果が乏しいためIVIg療法を実施した報告では、全例で神経所見(small-fiber neuropathyによるものも含む)の改善を認めたと報告されています(Eur J Neurol. 2008;15:1300 – 3)。

先ほどの日本での小脳失調で抗グリアジン抗体陽性8例は5例でIVIG療法を実施し3例効果あり、2例効果なしであり、4例でステロイド療法を実施しましたが4例全てで失調に関しては効果が無かったと報告されています(Cerebellum (2014) 13:623 – 627)。

これ以外に治療に関しての大規模な報告を見つけることは出来ませんでした。

私はまだ自分で診断出来たことが無いため、もしご経験がある先生いらっしゃいましたらコメントなど頂けますと大変ありがたいです。また勉強した内容をup dateしていきます。

参考文献

・Dig Dis 2015;33:264–268:グルテン失調症に関して最も包括的にまとめられたreviewと思います。ほぼ全ての内容をここから引用させていただきました。(余談ですが、グルテン失調症に関してほぼ主要な論文はHadjivassiliou先生によるものです。)

・Lancet Neurol 2010; 9: 318–30:グルテン感受性と神経障害に関しての包括的reviewで分かりやすいです。