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前大脳動脈領域の脳梗塞・解離 Anterior cerebral artery infarction/dissection

ACA領域の脳梗塞は急性期病院で勤務していても年に数例程度で稀な病態です。ACA領域の脳梗塞の原因として、「ACA解離」が近年の画像技術の進歩によって証明されるケースが増えてきており、特に日本からの報告が多く(頭蓋内血管解離がAsiaで多い)ここに勉強した内容をまとめます。

1:前大脳動脈(ACA: anterior cerebral artery)の解剖

A1: horizontal segment 水平部
A2: infracallosal segment 脳梁下部
A3: precallosal segment 脳梁前部
A4: supracallosal segment 脳梁上部
*normal variationに関して
・azygos:A2が1本だけで還流される場合がある(この場合は同血管が閉塞すると両側ACA領域の虚血に陥る可能性がある)
・A1は生理的に片方が欠損する場合がある(この場合も片側からの供給が絶たれると両側ACA領域が虚血に陥る可能性がある)

*ACA還流領域と体部位局在の関係

下図の通りACA領域はPenfieldのホムンクルスを参考にすると特に下肢が該当し、上肢が該当する場合はより近位(肩>肘>手)が該当することが示唆されます。

2:ACA解離/梗塞に関する文献まとめ

■単独ACA領域の脳梗塞に関して(日本の国立循環器病センターからのご報告) Cerebrovasc Dis 2010;29:170–177

・日本のデータなので非常に有用です。3115人の脳梗塞患者のうち42人(1.3%)がACA領域に限局した脳梗塞を認めた(既報でも0.5-3%とACA単独梗塞は比較的稀である)。
・脳梗塞の機序:43%(18人)はACA解離(最多)、その他(24人):心原性(6人)、アテローム性(8人) *ACA梗塞の原因1位がACA解離という驚きの結果です
・ACA解離の特徴:部位A1:1例、A2:16例、A3:1例、運動時発症が多い(39%: 7/18 排便時、カラオケ、頸部の運動、ベンチプレス、エアロビクスなど)、頭痛(発症数時間前からもしくは発症と同時に)を認めることが多い(50%:9/18例)

(具体例)55歳女性:トレッドミル運動中に前頭部頭痛に続いて左下肢の脱力発症

■ACA解離18例の臨床と画像の特徴まとめ(日本からの報告) AJNR Am J Neuroradiol 24:691–699, April 2003

・以下が具体的な18例のデータです。年齢は52.8±9.8歳と比較的中年発症で、解離部位としてはやはりA2が最も多く、発症時はSAHが5例、虚血が9例、出血+虚血が9例、画像変化のSはStenosis(狭窄)、DはDilation(拡張)を表現しています。解離の証明はDLはdouble lumenの証明、IMHはT1WIの血腫高信号を表現しています。

(以下はくも膜下出血例の画像)

(下図は血管造影での図を表現しています)
A:矢印頭が狭窄を、矢印がA2の拡張部位を指しています。
B:典型的な解離による狭窄と拡張の所見(A2)です。
C:double lumen sign

(下図:T1WIでの高信号:血腫を示唆する)

■ACA解離80例のliterature review(海外の報告) Neuroradiology (2016) 58:997 – 1004

・疫学:年齢51歳(35-82歳)、男性
・病型:虚血単独73%、SAH10%、両者混合17%
・画像診断:double lumen 32%、pearl/string sign 89%、血腫の存在20%
・予後:良好77%

■ACA解離画像の経時的な変化(日本の報告) Journal of Stroke and Cerebrovascular Diseases, Vol. 29, No. 10 (October), 2020: 105146

・ここではMRIのhigh-resolution vessel wall imaging (HRVWI)を用いてT1で壁内血腫(IMH: intramural hematomas)T2で動脈瘤を検出する方法を検討しています(椎骨動脈解離と異なりBPASはACA解離では周囲に実質構造が多く有用ではない)。下図の通り発症時はMRAで所見がはっきりせず、T2W HRVWIでは軽度血管が拡張している所見があり、T1W HRVWIではIMHを示唆する高信号は指摘できませんが、青色の2か月後のところではT1W HRVWIで高信号が指摘できるようになっています。

・ここでは発症からの時間経過によって所見がどう変化するかを検討しており下図の通りです。動脈瘤変化は発症急性期から認めているのに対して、急性期はIMHを認めておらず時間が経過すると指摘されるようになる点に注意です。

■ACA梗塞100例のまとめ(海外の報告) Neurology ® 2008;70:2386–2393

・機序:アテローム性73%(ACA61%, 閉塞20%, A to A 12%, in situ 血栓 20%, 混合9%, ICA to ACA塞栓6%)、心原性10%、不明15%
・障害部位:左55%、右36%、両側9%
脳梁63%(膝54%>体部32%>rostrum10%>膨大部8%)、帯状回28%、SMA/paracentral lobule 55%、SFG(superior frontal gyrus)41%、frontal pole16%、皮質下領域(尾状核頭/被殻/内包)6%(ACA領域全体は稀で4%)
・症状:運動障害91%、半身麻痺70%(37%下肢の方が上肢よりも障害が強い・上肢では肩が遠位よりも優位に弱いことが多い *これはおそらく前述のPenfieldのホムンクルスを反映していると思われる)、単麻痺18%、四肢麻痺3%、apathy/hypobulia 43%排尿障害30%(部位の局在なし)、把握反射25%(脳梁/帯状回)、失語18%(左16/右2)、感覚障害20例(単独ではなし)

*この文献ではACA解離に関して言及されていませんが、報告によってどこまで画像検査で解離の可能性を詰めているか?に差があるためやはり日本では先ほどの国循からの報告を踏まえてACA領域の梗塞を認めた場合は解離に注意するべきと思います。

今回のポイントを以下にまとめます。
・ACA領域単独の梗塞は全体の約1%程度であり比較的まれである。
・日本からの報告からはACA領域単独の梗塞の原因としてACA解離が多いため積極的に疑う必要がある。
・ACA解離の特徴としては中年発症、頭痛発症が多い、他の脳梗塞リスクに乏しいなどの点が挙げられる。
・ACA解離の臨床像としては虚血・SAH・両者の混在いずれもありうる。
・ACA解離は通常のMRA, T2, T1WIでは見逃す可能性があり可能で、MRIで診断する場合はHRVWIを行うべき(もちろんDSAが可能ならDSA)。また壁内血腫は急性期は指摘できないため、疑う場合は画像検査を時間をあけてフォローアップするべき。
・ACA領域の虚血はPenfieldのホムンクルスからわかる通り下肢に強い運動症状をきたす場合が多く、上肢の場合はこれもホムンクルスから肩などの近位を障害する場合が多い。