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心因性と器質性疾患の鑑別

「心因性疾患は精神的ストレスから診断するのではなく、神経症候から積極的に診断するものだ」と教わりました。除外診断ではなく、また心理的なストレス要因が必須ではないとされており、神経症候からきちんと診断するべきです。またこれは医療従事者にもしばしば誤解されていますが、患者さんが意図的に医療者を惑わす「詐病」とは根本的に異なります(患者さんが意図的に行っている訳では全くない)。ヒステリーとの鑑別を通じて神経学が発展してきた経緯もあり、神経内科医にとって臨床力を試される重要なテーマです。自分自身も日々遭遇していますが、ここまで知識をまとめます。

運動麻痺に関して

■Hoover試験 *片側下肢麻痺の場合

原理:片側下肢を股関節で強く屈曲すると同時の反対側下肢は伸展するという現象(協働運動)を利用したもの(下のSonoo試験も原理は同じ)。
方法:臥位の状態で片方の下肢を思いっ切り強く(軽くでは検出できないためMMTを取るように最大限力を入れてもらうことがポイント)挙上してもらい、検者はこれを地面に抑えるつるようにする。この際検者の逆の手を患者の対側下肢の踵の下に置く。これを左右いずれも確認する。
*よくある間違い1:患者が思いっ切り強く下肢を挙上していない(これだと差を検出できない)
*よくある間違い2:検者がきちんと踵の下に手をいれていない(そもそも方法を間違えている)


判定方法:通常片側下肢を思いっ切り挙上すると、対側下肢は支えるために強く地面を押す方法に力がかかる(これを踵によって検者の手が押される力を感じる)。器質的(organic)な麻痺があると健側挙上の際に麻痺側を地面に押す力が弱くなる。しかし、非器質的(non-organic)な麻痺の場合は健側挙上で麻痺側を地面に押す力が強くなってしまう(下図☆印に注目)。ここで異常と検出する。
*注意点:本試験は重度の下肢近位麻痺でないと異常を検出することが出来ない(軽度の下肢近位麻痺では異常を検出できない場合が多い)

■Sonoo外転試験 “Abductor sign” *片側下肢麻痺の場合

帝京大学教授の園生先生がご提唱された方法(J Neurol Neurosurg Psychiatry 2004;75:121–125)で、これはHoover試験の外転(中殿筋)versionです。これはHoover試験は検者が踵の押す力を判定するという主観的要素が大きい問題点があるが、外転試験では下肢が実際に動くことが客観的に見て判断できるという特徴があります。

方法:患者さんに仰臥位になってもらい、下肢を思いっ切り外転してもらい、検者は下肢遠位でMMTをとるように内転方向に力を加えて押さえつける。
判定方法
1:器質的疾患の場合 健側を外転すると麻痺側は十分な外転が出来ないため、検者に負けて麻痺側が内転してしまう。麻痺側を外転すると、健側は十分に外転できるため健側は検者に負けず動かない。
2:非器質的疾患の場合 健側を外転すると麻痺側は本来十分な外転が出来ないはずであるが、十分に力が入り動かない。一方で麻痺側を外転すると健側にも力を入れようとしないため健側が内転してしまう。

■上肢Barre試験で回内せずに下垂する “drift without pronation sign”

錐体路が障害されている場合上肢を回外挙上すると、回内しながら下垂するのが典型的な陽性例です。(下図は錐体路徴候の具体例*心因性ではない 引用元:N Engl J Med. 2013 Oct 17;369(16):e20. )

しかし、回内せずにただ上肢が下垂する場合は「非器質的」の原因を疑います。

■give way weakness

これは左右差を検出するものではないですが、「MMTを取るときに最初だけ力が入りすぐに力が抜けてしまう場合」を”give way”=「崩れる」から”give way weakness”と表現し心因性の筋力低下を示唆するとして古典的に有名な徴候です。しかし、これは心因性において特異性が高くないことが近年よくよく指摘されており、ギランバレー症候群やCIDPなどでも認める場合があるとされており注意が必要です。

感覚障害に関して

■Bowlus-Currier試験 *片側上肢感覚障害の場合

少しややこしいやり方ですが(やり方を間違えている場合もよく遭遇します・・・)、私は日常臨床でよく使用します。トリック”mixing up”で間違えるかどうかが原理です。
Step 1:右腕と左腕を前に出し、母指を地面側にして交差させて指を組む。
Step 2:その後指を組んだまま下をくぐらせ胸の前へもってくる。この際親指だけ交差しないようにする(これが重要)。
Step 3:患者に閉眼してもらい、小指側から左右連続して疼痛刺激を与え「痛いか?痛くないか?」を答えてもらう。この際に考える時間を与えず素早く答えてもらうことがポイント。
Step 4:もしも左半身の感覚障害であれば「小指左×、小指右〇、薬指左×、薬指右〇」、と「感じる」「感じない」を交互に繰り返すはずである。しかし母指だけ交差していないため、最後は「示指左×、示指右〇、母指〇、母指×」となるはずである(器質的な疾患の場合)。しかし、非器質的な場合はそのままの勢いで「指左×、示指右〇、母指右×、母指左〇」と答え間違える。

引用:”A Test for Hysterical Hemianalgesia” N Engl J Med. 1963 Dec 5;269:1253-4.

■感覚障害の範囲 *片側体幹感覚障害の場合

・左右からの末梢神経は正中を超えて本来は2-3cmの重なり(overlap)がある。このため感覚障害が完全に正中で分かれている場合は心因性の可能性を考慮します。器質的疾患では傍正中部分は感覚障害が軽度か認められないとされています(例外は視床病変)。

参考文献:BRAIN andNERVE 66(7):863-871,2014