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正中神経 median nerve

解剖

・正中神経は「上腕内側→肘窩→(前骨間神経(深枝・運動)を分枝として出す)→前腕→手根管→手」を走行します(下図参照)。正中神経の掌側枝(感覚線維)は手根管に入る前に分枝し、手掌母指球周囲の感覚を担います。(上肢には分枝を出しません)
・前腕の筋肉は浅層と深層の2つに分かれますが、これは正中神経より浅いか深い位置にあるかで分けられます。前腕浅層の屈筋群はすべて上腕骨内側上顆から起始します(前腕の筋は上腕骨の左右から起こり、上腕骨外側は伸側、上腕骨内側は屈側と対応しています)。
・前骨間神経はこのうち前腕深層の筋肉を支配します。前腕の屈筋はそのほとんどが正中神経支配で、尺側手根屈筋と深指屈筋の第4,5指は唯一尺骨神経支配です(発生の過程で上腕-筋皮神経、前腕-正中神経、手-尺骨神経の大まかな対応関係があります。
浅層1:円回内筋、撓側手根屈筋、長掌筋、尺側手根屈筋(尺骨神経)
浅層2:浅指屈筋
深層3:長母指屈筋(FPL: flexor pollicis longus)、深指屈筋(正中神経+尺骨神経)
深層4:方形回内筋

■前骨間神経
・前骨間神経は正中神経の運動成分のみの分枝です(感覚成分は持たない)。
・支配筋:深指屈筋Ⅰ/Ⅱ、長母指屈筋(母指IP関節の屈曲に関与)、方形回内筋
*参考:前腕の回内(pronation)を担うのは「円回内筋」と「方形回内筋」の2つで、どちらも正中神経支配ですが、前者の「円回内筋」はC6由来です。
*参考:長母指屈筋(FPL)は母指の指先を曲げる唯一の筋肉で、ヒト以外では独立した筋肉としては存在せず、ヒトの手の器用さと関連しています(深指屈筋と筋の由来が同じになります)。
・前骨間神経麻痺では母指のIP関節屈曲(長母指屈筋)と示指のDIP関節屈曲(深指屈筋)が出来なくなるため、母指と示指で輪っかを作ると綺麗な「O」にならずにひしゃげてしまう「涙のしずくサイン」を呈するとされています。

手根管症候群 CTS: carpal tunnel syndrome

正中神経障害の原因として最も多いものが手根管症候群です。手根管内圧が上昇することで手根管内の正中神経が圧迫されることで症状が出現します。

■原因
・特発性
・物理的原因:骨折、ガングリオン
・リスク因子(非職業):アミロイドーシス、甲状腺疾患、関節リウマチ、妊娠、先端巨大症、糖尿病、透析、肥満、高齢、女性
*特に高齢者アミロイドーシスのATTRwt(こちら)初期に手根管症候群を呈することが指摘されており注意が必要です

■症状
感覚障害の範囲:「自覚的」な症状は正中神経支配領域を超える場合があり注意が必要(上肢近位まで症状を訴える場合もある)。しかし、「他覚的」な感覚低下・鈍麻の範囲は”ring finger split”と、掌側枝は手根管より近位で分枝するため(上記解剖図をご参照ください)、母指球は通常他覚的な感覚障害を認めないことが重要である(下図参照)。つまり「自覚的」な異常感覚と「他覚的」な感覚低下・鈍麻を明確に分けて考える必要がある点が重要(これは手根管症候群に限った話ではなく原則であるが)。
・手根管症候群では通常感覚障害が主体で運動障害はそこまで目立たない場合が多い。前骨間神経支配の長母指屈筋や深指屈筋は障害されないため、短母指外転筋、母指対立筋、虫様筋の障害が起こる。
・特徴的な病歴:痛みで夜間、早朝に目が覚める *利き手に多いが、しばしば両側性になる
・増悪因子:手を使う動作で増悪(自転車、自動車の運転、本やスマートフォンの把持、裁縫、包丁を使用する、パソコン操作など)
・改善因子:手を振る(flick sign)ことで改善

・一般的な正中神経障害による感覚障害の範囲は下図の通りです。下図は手掌枝も含まれていますが、繰り返しになりますが手掌枝は通常手根管手前で分岐するためこの部分の感覚障害は手根管症候群では起こりません(下図は In the Clinic “carpal tunnel syndrome”:Ann Intern Med. 2015 Sep 1;163(5):ITC1より引用)。

*余談:手背の神経分布に関して
正中神経の支配領域の図をみるとPIP関節以遠は背側も正中神経になっていることがわかります。なんでここだけこんな微妙な分布になっているのか?と不思議に思ったことは無いでしょうか?指の皮神経は発生の過程でもともと腹側にあったものが背側に移行しているため(爪も発生の過程で背側へ移動している)、PIP関節以遠の指の神経は掌側の神経が支配しています(下図参照)。この点を抑えておくと指皮神経の分布は理解しやすいと思います。

・診察方法(誘発法)としてはTinel徴候とPhalen徴候が有名。
Tinel徴候:手根管部をたたくことで正中神経支配域に沿った異常感覚を誘発することができれば陽性とする。
Phalen徴候:手関節を屈曲位で1分間合わせて異常感覚が増悪すれば陽性とする(手根管内圧が上昇することで正中神経圧迫が強くなるため)。

・進行すると短母指外転筋などに萎縮を認める例もあります(下図:手根管症候群自験例)。

■検査
・神経伝導検査が確定診断には重要です。SCSでの手掌-手首間のSCV低下やMCSでの遠位潜時延長などが手根管症候群を示唆する所見です。正中神経の神経伝導検査に関しての詳しくはこちらをご参照ください。
・手根管症候群の診断に特異的な神経伝導検査は以下のものが挙げられます。

Preston法 2L-IO (MCS)
記録電極:掌側第2指近位に記録電極を置く(正中神経:第2虫様筋、尺骨神経:骨間筋が対応する)
基準電極:第2指PIP関節
刺激部位:手首で記録電極から10cm正中神経と尺骨神経両方同時に刺激する(下図参照:Muscle Nerve 44: 597–607, 2011より引用)
正常(cut off):潜時<0.5ms
*APBのCMAPが検出できなくとも虫様筋のCMAPは検出できる場合が多く有用である(筆者は検査自体も簡便でありよく実施している)

環指比較法 ring finger method (SCS)
記録電極:第4指PIP(リング電極:黒)
基準電極:第4指DIP(リング電極:赤)
刺激部位:手首で正中神経と尺骨神経それぞれ記録電極から14cmの部位(下図参照:Muscle Nerve 44: 597–607, 2011より引用)
正常:潜時<0.4ms以内 *正中神経刺激で記録が二峰性(bactrian sign:フタコブラクダ徴候)になる。

■治療:手術