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AICA梗塞

AICA(anterior inferior cerebellar artery:前下小脳動脈)は中小脳脚、橋外側部、小脳などを還流しています。AICA梗塞は脳血管障害で唯一難聴を呈する点で重要です。頻度はかなり稀ですが、「めまい」、「難聴」の救急で特に重要なためここでまとめます。

血管解剖

内耳を栄養する迷路動脈はAICAからの分枝になります(下図参照)。AICA梗塞の原因としてはAICA自体の閉塞もしくはAICA入口部の血栓形成が主体とされています。

AICA灌流域のシェーマは下図の通りです。

臨床像

以下にAICA梗塞により障害される解剖構造と対応する神経症状をまとめます。

・前庭、前庭神経、前庭神経核:めまい・眼振
・蝸牛、蝸牛神経、蝸牛神経核:難聴・耳鳴り
・MCP、小脳下部:小脳失調・歩行障害
・三叉神経核、三叉神経脊髄路:同側顔面感覚障害
・顔面神経核:同側顔面神経麻痺(核下性)
・脊髄視床路:対側四肢感覚障害
・交感神経線維:Horner兆候

以下はAICA梗塞の12例をまとめたものですが、この報告では初発症状は全例めまいで、めまいと失調は全例で認め、難聴は11/12例(92%)で認めています。難聴は文献により頻度が30-100%と異なります。めまいが激しいと患者さんが難聴を自覚していない場合もあり、他覚的に指摘されることもあるため注意が必要です。AICA梗塞の全症候を呈したのは2/12例でしか認めました。

難聴・めまいだけでは「突発性難聴」との鑑別が一番の問題ですが、「失調」・「顔面神経麻痺」・「顔面感覚障害」・「Horner兆候」といった神経症候を合併していないか?を積極的に探しに行く点が最も重要だと思います。

しかし、その他の神経症候を伴わず難聴・めまいだけを呈する症例報告も複数あります(ORL 2011;73:137–140、J Neurol Sci 2004; 222: 105–107.、Neurol Sci 2008; 29: 371–372.、J Neurol Sci 2005; 13: 1051–1054.)。正直この場合は実臨床で突発性難聴との鑑別が極めて難しいです。このような例もあるということを認識して、血管リスクが高い場合は突発性難聴疑いでも頭部画像検査を検討するというアプローチしか現実的にはないかと思います(何かご意見ございましたらご教授いただけますと幸いです)。

難聴・めまいの先行

AICA梗塞ではめまい単独や難聴単独がAICA梗塞の全体像が出現する前に先行することが指摘されています。先日同様な症例を経験し、個人的には非常に気になる点なので取り上げさせていただきます。

AICA梗塞12例の検討では4例に先行する難聴、耳鳴りもしくはめまいを認めています(下図参照Stroke. 2002;33:2807-2812.)。AICA梗塞の1~10日前から認めています。

50歳男性が右の突然発症の難聴をきたした11日後に失調、構音障害、右顔面神経麻痺、歩行障害をきたした症例の報告もあります(下図が臨床経過でInter Med 47: 795-796, 2008より引用)。

では「なぜ難聴やめまいが単独で先行するのか?」に関しての機序ははっきりしていませんが、やはり蝸牛、前庭への動脈がAICAにとって最末端の動脈となることが関係しているのではないかと思います。つまり最も虚血に脆弱な部位が蝸牛、前庭であり(エネルギー需要が多くかつ側副血行路に乏しい)同部位の虚血が最初に起こり、その後他の神経症状を伴うことが考えられます。

画像

血管解剖から中小脳脚、小脳、橋外側が障害されえます。中小脳脚病変に関してはこちらにまとめがありますのでもしよければご参照ください。先ほどの12例まとめでは中小脳脚11/12例、小脳(前下部)8/12例、橋外側6/12例、この3か所すべては4/12例に病変を認めたとされます。またAICA梗塞7例をまとめた報告では中小脳脚6/7例、小脳4/7例、橋外側3/7例に病変を認めたとされます(下図の病変分布 Journal of Stroke and Cerebrovascular Diseases, Vol. 26, No. 3 (March), 2017: pp 574–581)。文献的には中小脳脚が最も障害されやすいようです。

以下に具体的な頭部MRI画像例を掲載します。

以下は難聴のみを呈した症例の頭部MRI画像です。橋外側に限局する小さな梗塞域を認めます。(引用Journal of the Neurological Sciences 222 (2004) 105–107)

以下は先ほどの難聴先行症例の頭部MRI画像です(引用 Inter Med 47: 795-796, 2008)。

参考文献

・Stroke. 2002;33:2807-2812. AICA梗塞12例の詳細な検討がされており勉強になります。