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神経有棘赤血球症 Neuroacanthocytosis

病態

神経有棘赤血球症(Neuroacanthocytosis)有棘赤血球(下図参照)を伴い、神経症状を呈する病態の総称です。この有棘赤血球自体が神経症状を引き起こすのか?別の問題なのか?に関しては不明な点も多いです。疾患頻度は極めてまれで、全世界で200例程度、うち日本から100例程度の報告があり日本で比較的報告が多い特徴があります。

分類

神経有棘赤血球症は舞踏運動といった不随意運動を呈する群(これを中核群と表現します)と不随意運動を呈さない群に分けられます。

前者の中核群の中でも有棘赤血球舞踏病McLeod症候群が代表的な神経有棘赤血球症です(指定難病にも認定されています)。以下にそれぞれの疾患に対応する特徴を列記しました。

有棘赤血球症舞踏病 chorea-acanthocytosis

原因遺伝子はVPS13A、主症状は舞踏病と有棘赤血球症で、その他以下を認めます。通常20~40歳の間で発症することが多く、20歳未満や50歳以上で発症することはまれとされており、既報の最も早い発症年齢は16歳と報告されています。

不随意運動は顔面、口腔、咽頭喉頭に認めることが特徴的とされています。これらの不随意運動により自咬傷(有棘赤血球舞踏病に特徴的)や食事中に誘発されると嚥下障害も併発します。嚥下障害により栄養が低下し体重減少もきたしやすいです。他の不随意運動に比して顔面、口腔、咽頭喉頭の症状が強いことは他の疾患よりも有棘赤血球舞踏病を示唆するとされます。またジストニアも併発します。

体幹部の舞踏病症状で歩行障害をきたしますが、バランスは保たれ転倒は比較的少ない傾向があります。

またさまざまな精神症状(抑うつ、脱抑制、強迫性障害、幻覚、妄想)を認めます(初発症状となる場合もあります)。

痙攣発作も40%程度に認めるとされます(McLeod症候群では50%程度)。HDL2, PKANでは痙攣発作は報告されていません。発症早期に認め、側頭葉由来のことが多いとされています。抗てんかん薬は通常有効なことが多いとされています。

末梢神経障害は有棘赤血球舞踏病、McLeod症候群いずれにも認め、深部腱反射は低下~消失する場合があります。神経伝導検査では運動、感覚神経とも軸索障害を認める場合があります。

経過ではparkinsonismを合併していきだんだんと舞踏運動は弱くなっていく経過をたどるとされています(“burnout” of the hyperkinetic movementsと表現されています)。これらの症状に対してアマンタジンやLevodopaはほとんど効果がないと報告されています(DBSも改善しないとされています)。

有棘赤血球症舞踏病では心筋障害合併は稀とされていますが(日本からのDCM合併例の報告 DOI: 10.1002/mds.21556)、McLeod症候群では心筋障害合併が多い(60%:Ann Neurol 2001;50:755)とされています。

無βリポタンパク血症 abetalipoproteinemia

1950年に BassenとKornzweigが報告した疾患。microsomal triglyceride transfer protein(MTP)というたんぱく質を規定する遺伝子の変異により生じます。MTPはapoBを含むリポタンパクの構成と分泌に必要とされているため、この疾患ではβリポタンパクが欠損します。

検査

採血

有棘赤血球症:時期によって認める場合と認めない場合があり、有棘赤血球症を認めないからといって神経有棘赤血球症を否定はできないとされています。HDL2, PKANでは約10%程度にのみ認めるとされています。

CK上昇:特徴的な検査結果で有棘赤血球舞踏病患者の85%程度に認めるとされています(神経症状よりも先に上昇する場合もあるとされています)。通常HDL2, PKAN, ハンチントン病ではCKは上昇しないとされ鑑別点になります。

肝逸脱酵素上昇:有棘赤血球舞踏病、McLeod症候群いずれも認める場合があり、肝脾腫を伴う場合があります。

リポプロテイン:無βリポタンパク血症の検索のため必要な検査です。

心電図・心エコー検査:心筋障害合併が特にMcLeod症候群では多いため検索が必要です。

頭部MRI検査

両側尾状核の萎縮(+それに伴う側脳室前角の開大)が特徴的です(ハンチントン病と類似しています)。

尾状核に萎縮をきたす脳変性疾患(「神経内科疾患の画像診断」よりそのまま引用)
・Huntington病
・有棘赤血球舞踏病
・McLeod症候群
・SCA17
・前頭側頭葉変性症(片側)
・GM1ガングリオシドーシス type 3(adult type)
・HABC (hypomyelination with atrophy of the basal ganglia and cerebellum) (小児 非変性疾患)
・(Rasmussen脳炎 非変性疾患)

*舞踏病様不随意運動を呈し、尾状核に異常を来す疾患
・高血糖性舞踏病
・Sydenham病
・Wilson病
・Huntington病
・有棘赤血球舞踏病
・McLeod症候群
・SCA17
・GM1ガングリオシドーシス type3
・傍腫瘍性舞踏病
・抗リン脂質抗体症候群
・急性散在性脳脊髄炎(連鎖球菌感染後)

遺伝子検査:日本では鹿児島大学さんで遺伝子検査を行っているようです。

鑑別点まとめ

以下にNEUROLOGY 2007;68:92–98より参照して鑑別点をまとめます。

遺伝歴
・男性のみの障害:McLeod症候群
・アフリカ系の祖先:HDL2

臨床症状
・発症年齢 小児発症:PKAN ・若年成人発症:有棘赤血球舞踏病  ・中年男性発症:McLeod症候群
・口腔顔面ジスキネジア、食事によるジストニア:有棘赤血球舞踏病
・心疾患合併:McLeod症候群
・深部腱反射低下もしくは消失:McLeod症候群>有棘赤血球舞踏病
・筋疾患:有棘赤血球舞踏病・McLeod症候群

追加検査
・MRIで”Eye of the tiger” sign:PKAN
・末梢神経障害:有棘赤血球舞踏病、McLeod症候群
・心疾患、心筋症、不整脈:McLeod症候群
・肝脾腫:有棘赤血球舞踏病、McLeod症候群

検査
・有棘赤血球
・CK上昇:有棘赤血球舞踏病、McLeod症候群
・肝逸脱酵素上昇:有棘赤血球舞踏病、McLeod症候群(Wilson病を除外する)
・遺伝子検査

以下のような神経有棘赤血球症を疑った場合のフローチャートが提唱されいます。

診断基準

以下が「有棘赤血球舞踏病」、「Mcleod症候群」の確定診断例又は臨床診断です(日本厚生労働省)。 

1)有棘赤血球舞踏病
A:臨床所見
1)好発年齢は若年成人(平均30歳代)であるが、発症年齢の分布は思春期から老年期に及び、緩徐に増悪する。
2)常染色体劣性遺伝が基本である。優性遺伝形式に見えることもある。
3)口周囲(口、舌、顔面、頬部など)の舞踏運動が目立ち、自傷行為による唇、舌の咬傷を見ることが多い。咬唇や咬舌は初期には目立たないこともある。
4)口舌不随意運動により、構音障害、嚥下障害を来す。
5)体幹・四肢に見られる不随意運動は舞踏運動とジストニアを主体とする。
6)てんかんが見られることがある。
7)脱抑制、強迫症状などの神経精神症状や認知障害がしばしば認められる。
8)軸索障害を主体とする末梢神経障害があり、下肢遠位優位の筋萎縮、脱力、腱反射低下・消失を来す。
B:検査所見
1)末梢血で有棘赤血球の増加を見る。
2)βリポタンパクは正常である。
3)血清CK値の上昇を認めることが多い。
4)頭部MRIやCTで尾状核の萎縮、大脳皮質の軽度の萎縮を認める。
C:遺伝学的検査
VPS13A遺伝子に異常を認める。
D:鑑別診断
次の疾患が除外できる。
症候性舞踏病    :小舞踏病、妊娠性舞踏病、脳血管障害
薬剤性舞踏病    :抗精神病薬による遅発性ジスキネジア、その他の薬剤性ジスキネジア
代謝性疾患       :ウィルソン病、脂質症
他の神経変性疾患:歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症、ハンチントン病
E:診断のカテゴリー
確定診断例:VPS13A遺伝子の遺伝子変異の検出による。
臨床診断例:以下の4項目を認める。
1)常染色体劣性遺伝様式の遺伝歴が見られる。
2)口周囲・体幹・四肢の舞踏運動を認める。
3)有棘赤血球が陽性である。
4)鑑別診断の全疾患が除外可能である。
 
2)Mcleod症候群
A:臨床所見
1)伴性劣性遺伝様式をとる。
2)30~40歳代に発症することが多い。
3)舞踏運動を主とする不随意運動を体幹・四肢に認め、他にチック、ジストニア、パーキンソニズムを見ることもある。咬唇や咬舌はほとんど認めない。
4)軸索型末梢神経障害を大多数の症例で認め、腱反射は消失する。
5)筋障害(四肢筋)を認める。
6)てんかんが見られることがある。
7)統合失調症様精神病症状などの神経精神症状や認知障害をしばしば認める。
8)心筋症や溶血性貧血、肝脾腫をしばしば認める。
B:検査所見
1)末梢血で有棘赤血球の増加を見る。
2)βリポタンパクの欠如がない。
3)血清CK値の上昇を認める。
4)針筋電図所見では筋原性、神経原性所見の双方を認めることがある。
5)頭部MRIやCT像で尾状核の萎縮、大脳皮質の軽度の萎縮を認める。
6)赤血球膜表面にあるXK蛋白質の欠損とKell抗原の発現が著減している。
C:遺伝学的検査
XK遺伝子に異常を認める。
D:鑑別診断
次の疾患が除外できる。
症候性舞踏病    :小舞踏病、妊娠性舞踏病、脳血管障害
薬剤性舞踏病    :抗精神病薬による遅発性ジスキネジア、その他の薬剤性ジスキネジア
代謝性疾患       :ウィルソン病、脂質症
他の神経変性疾患:歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症、ハンチントン病
E:診断
確定診断例:XK遺伝子異常の検出による。
臨床診断例:以下の4項目を認める。
1)伴性劣性遺伝様式の遺伝歴がある。
2)体幹・四肢の舞踏運動を認める。
3)有棘赤血球が陽性である。
4)鑑別診断の全疾患が除外可能である。

治療

根本的な治療方法は存在しません。

嚥下障害や不随意運動、精神症状、痙攣、心筋障害などに対して対症療法をするしかありません。

舞踏病運動:抗精神病薬を使用します。

口腔のジストニア・自咬傷:バイトガードを使用する場合もあり、sensory trickとして機能する場合もある。

嚥下障害:特に有棘赤血球舞踏病では早期から認めるため、PEGが必要となる場合が多いです。栄養状態の維持のためにも早期からの導入が検討されます。

てんかん:抗てんかん薬としてフェニトイン、クロバザム、バルプロ酸が有用であったと報告されています。カルバマゼピンとラモトリギンは不随意運動を増悪させた報告があります。

参考文献

・Orphanet Journal of Rare Diseases 2011, 6:68:neuroacanthocysotisは文献が少ない中、よくまとまっており分かりやすかったです。

・BRAIN and NERVE 60(6):635-641,2008

・神経有棘赤血球症 診療の手引き :日本語で読めて大変詳しいです。

Tremor Other Hyperkinet Mov (N Y). 2015; 5: 346. 対症療法を含めた治療法にかんしてまとめられています。疾患イメージがつかみやすい内容になっています。

・NEUROLOGY 2007;68:92–98:神経有棘赤血球症に関してのreviewとしてとても優れています。