注目キーワード

封入体筋炎 IBM: inclusion body myositis

病態

炎症と変性どちらがprimaryな病態なのか?難しく、病態はまだまだ解明されていません。50歳以上の炎症性筋疾患として重要で、男女比は2-3:1程度です。自己免疫疾患合併はありますが、悪性腫瘍併存に関しては指摘されていません。筋疾患一般へのアプローチに関してはこちらをご参照ください。

臨床像

・50歳以降に発症し、発症様式/経過は緩徐進行性(症状発症から診断まで数年単位かかることも多い:車いす必要になるまで10-20年程度かかる)、左右非対称に障害され、近位、遠位どちらの筋も障害される点が臨床的な特徴です(逆に若年発症の場合や、急性進行性の経過の場合は封入体筋炎以外の疾患を考慮します)。
・障害される筋の選択性が特徴として挙げられ、大腿四頭筋手指屈筋群(特に深指屈筋)に強い筋萎縮を認める点が挙げられます(下図参照:CONTINUUM (MINNEAP MINN) 2019;25(6, MUSCLE AND NEUROMUSCULAR JUNCTION DISORDERS):1586 – 1598.)。
嚥下障害が初発となる場合もあり、輪状咽頭筋の開大障害などが関与しているとされています。

*参考:深指屈筋(FDP: flexor digitorum profundus)に関して
・封入体筋炎の評価で重要(普段あまり着目しないかもしれないが)。病歴上は「買い物のビニール袋を指にかけられなくなる」「ふすまに指をかけて開けられなくなる)などの病歴が特徴的。
・母指にはFDPはないため(母指IP関節の屈曲はFPL:flexor pollicis longus 長母指屈筋 正中神経支配が担う)、示指:FDP1(正中神経, Th1髄節支配)、中指: FDP2、環指: FDP3、小指FDP4(尺骨神経, C8髄節支配)と表現する。
・MMTは下図の様に評価する。検者が母指と示指で被検者の中節骨をきちんと押さえてDIPの関節運動を評価できるようにすることがポイント。

・筋炎に関しては近年疾患概念の変遷が著しく、今まで多発筋炎と診断されていた群の多くが実は多発筋炎ではなく、この封入体筋炎や壊死性筋症などの可能性があります。私も何年も前に多発筋炎と診断されて外来フォローされている方が経過から「あっこれはきっと封入体筋炎だな」と診断を変更すること(再度筋生検もしくは当初の筋生検検体の再検討)も経験します。炎症性筋疾患のまとめは下図の通りです。

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: image-20.png

・また筋萎縮性側索硬化症(ALS)の鑑別として封入体筋炎は極めて重要です。やはり経過が極めて緩徐である点と、筋障害の選択性(深指屈筋と大腿四頭筋)が鑑別上は有用で、難しい場合は筋生検が必要となります(ALSに関してはこちらを参照ください)。

以下に症状の頻度などをまとめます。

合併
・感染症:HTLV-1, HCV 20%の合併
・自己免疫疾患(15%):Sjogren syndrome
・肥大型心筋症:突然死のリスク?
・悪性腫瘍との関連は指摘されていません(多発筋炎・皮膚筋炎と異なり)。

検査

・CK値正常~軽度上昇で、正常上限の10倍程度までとされています。診断基準には安静時のCK値が2,000U/Lを超えないことが組み込まれています。当初CK上昇のみで無症候性であった症例の報告もあります(Neurol Int. 2013 Jun 25; 5(2):34–6)。

・NT5C1A抗体:感度34-70%, 特異度92-98%と報告されています(Ann Neurol. 2013;73(3):408-18)。熊本大学さんに測定を依頼させていただいております。少数例ではありますが25例のIBMのうち抗NT5C1A抗体陽性例18例(72%)と抗体陰性例を比較した研究では、抗体陽性例の方が立ち上がりの時間、MRC、嚥下障害、FVCが有意に悪い結果と報告されています(J Neurol Neurosurg Psychiatry 2016;87:373–378.)。現状はNT5C1A抗体が陰性でもIBMは否定できず、陽性の場合も他の筋疾患で陽性になる場合があるため注意が必要です。

神経伝導検査:自覚症状や神経診察では感覚障害を認めませんが、NCSでは異常を認める場合があり筋内神経線維の障害を示唆しているのかもしれません。5例を検討しloss of axons, wallerian degeneration and axon terminal atrophy、MCV, F latencyは2例で低下、遅延→IBMでの末梢神経involvementを示唆する論文もあります(J Neurol Sci. 1990 Nov;99(2-3):327-38)。30人のIBMにて33.3%にてNCS伝導速度低下を認めたとする報告もあります(Muscle Nerve. 1990 Oct;13(10):949-51.Electrophysiological spectrum of inclusion body myositis.)

針筋電図:neurogenic changeを反映した所見が混在する場合もあります(私は遠位筋はmyogenic changeがきちんと出やすく、近位筋はneurogenic changeが混在しやすいと耳学問で習いましたが裏をとれていません・・・・)。
high amplitude:残存した筋線維が肥大することで起こります。*ALSとの鑑別に注意が必要で、recruitmentが保たれれる点、Fasciculationは認められない点が鑑別点として重要です。

筋病理

rimmed vaccuole内鞘・非壊死筋繊維への炎症細胞浸潤(主体はCD8T細胞でこの所見自体は多発筋炎と同じ)が特徴です。MHC classⅠの発現なども確認することが重要です(私は耳学問ですが、封入体筋炎ではまずほぼすべての筋線維でMHC classⅠを発現していると教わりました)。その他p62なども重要です。筋病理全般に関してはこちらもご参照ください。

診断基準 日本の厚生労働省での診断基準を下に掲載します。

●診断に有用な特徴
A.臨床的特徴
a.他の部位に比して大腿四頭筋または手指屈筋(特に深指屈筋)が侵される進行性の筋力低
下および筋萎縮
b.筋力低下は数か月以上の経過で緩徐に進行する
多くは発症後5年前後で日常生活に支障をきたす。数週間で歩行不能などの急性の経過 はとらない。
c.発症年齢は40歳以上
d.安静時の血清CK値は2,000 IU/Lを越えない
(以下は参考所見)
・嚥下障害が見られる
針筋電図では随意収縮時の早期動員(急速動員)、線維自発電位/陽性鋭波/(複合反 復放電)の存在などの筋原性変化 (注:高振幅長持続時間多相性の神経原性を思わせる運動単位電位が高頻度に見られるこ とに注意)
B.筋生検所見
筋内鞘への単核球浸潤を伴っており、かつ以下の所見を認める
a.縁取り空胞を伴う筋線維
b.非壊死線維への単核球の侵入や単核球による包囲
(以下は参考所見)
・筋線維の壊死・再生 ・免疫染色が可能なら非壊死線維への単核細胞浸潤は主にCD8陽性T細胞
・形態学的に正常な筋線維におけるMHC class I発現
・筋線維内のユビキチン陽性封入体とアミロイド沈着
・ COX染色陰性の筋線維:年齢に比して高頻度
・(電子顕微鏡にて)核や細胞質における16~20nmのフィラメント状封入体の存在
●合併しうる病態 HIV、HTLV-I、C型肝炎ウイルス感染症
●除外すべき疾患
・縁取り空胞を伴う筋疾患(眼咽頭型筋ジストロフィー・縁取り空胞を伴う遠位型ミオパチー・多
発筋炎を含む)
・他の炎症性筋疾患(多発筋炎・皮膚筋炎)
・筋萎縮性側索硬化症などの運動ニューロン病

  • 筋原線維性ミオパチー(FHL1、Desmin、Filamin-C、Myotilin、BAG3、ZASP、Plectin 変異例)
    や ベッカー型筋ジストロフィーも縁取り空胞が出現しうるので鑑別として念頭に入れる。 特
    に家族性の場合は検討を要する。
    ●診断カテゴリー:診断には筋生検の施行が必須である。
    Definite:Aのa~dおよびBのa,bの全てを満たすもの
    Probable:Aのa~dおよびBのa,bのうち、いずれか5項目を満たすもの
    Possible:Aのa~dのみ満たすもの(筋生検でBのa,bのいずれもみられないもの)

治療

封入体筋炎はどの免疫抑制剤でも治療抵抗性で根本的な治療や進行抑制を証明した薬剤は現状存在しません。また治療においては「何をメルクマールとするか?」が重要ですが、IBMではいずれの治療介入もCK値は低下しますが、筋力は改善していないことが多いです。この所見の解離に注意が必要です。個人的には「高齢者であまりにもステロイドによる臨床的改善に乏しい多発筋炎と診断されている症例」は封入体筋炎を疑いたくなります。多発筋炎とされてしまい効果に乏しいステロイド漬けになってしまい逆に副作用で患者さんが苦しむことは避けたいです。

ステロイド:一部効果があったとする症例報告もありますが、病勢を抑える効果は基本的にないとされています。8例のステロイドを最大12ヶ月内服して前向きに検討した研究ではCK値は下がりましたが、筋力は回復しなかったとされています(Neurology. 1995;45(7):1302 – 4)。

IVIG:IVIGは免疫治療なかでは最も有用であったとする報告が多いものです(あくまで限定的な効果ですが)。また嚥下障害に対してIVIGが効果があったとする報告もあり、検討の余地はあるかもしれません(以下Neurology.2002;58(2):326)。

MTX:MTXとプラセボを比較した44人を対象に48週間投与した研究では、やはりMTX投与群でやはりCK値は下がりますが、筋力は改善しない結果でした(Ann Neurol. 2002;51(3):369 –72)。いくつかの症例報告では効果があったとするものもありますが、治療効果なのか?病勢の変動範囲内なのか?判断が難しいです。

その他の免疫抑制剤:MMFは効果があったとする報告もありますが(J Neurol Sci. 2001;185(2):199 –22)、その他では基本効果がなかったとされています。MMF、AZA、CyA、Tacは今までRCTは行われていません。

IBMに関して簡単にまとめました。今後またup dateしていく予定です。

参考文献

・Curr Rheumatol Rep (2013) 15:329:IBMの治療をまとめたreviewで秀逸です。
・Neurol Clin. 2014 Aug;32(3):629-46 Inclusion body myositis. IBMのreview
・CONTINUUM (MINNEAP MINN) 2019;25(6, MUSCLE AND NEUROMUSCULAR JUNCTION DISORDERS):1586 – 1598.
・封入体筋炎 診療の手引き 

管理人記録 2021/7/14:情報update