腰痛も救急外来では非常にcommonな主訴ですが、これも怖い主訴です。
鑑別
必ず緊急で除外しないといけないのは大動脈解離・AAAです。突然発症~急性発症の背部痛は必ずエコー検査で大動脈解離・AAAの除外が必要です。腰が痛いというと腹部にエコーを当てるイメージがないかもしれませんが(患者さんもなんでおなかを診察するの?という顔をされますが・・・)、大血管の評価で必須です。
病歴
1:発症様式
突然発症:大動脈解離・腎梗塞・急性脊椎硬膜外血腫・脊髄梗塞
突然発症は常に重要でなんとしても大動脈解離の除外に努めます。胸部大動脈解離はエコー検査での診断がなかなか難しいですが(大動脈基部まで解離が進展しないと検出できない)。しかし、腹部大動脈解離はエコーで診断するべきです。突然発症の腰痛患者を救急外来で診察する場合は、まずすぐエコー検査でAAA、腹部大動脈解離を除外します。以下は自験例の70歳急性大動脈解離Stanford B型の造影CT検査と腹部エコー検査の結果です。
急性腰痛症(ぎっくり腰)も突然発症ですが、通常体動時発症(重い物を持ち上げた時など)ですぐに分かります。しかし、脊髄梗塞をきたす原因のFCE(線維軟骨塞栓症)や急性脊髄硬膜外血腫などは体動を契機に発症することがあります。これらは通常急性腰痛症と異なり、神経学的所見を伴うためやはり神経所見の有無をきちんと確認することが重要です。急性脊髄硬膜外血腫に関してはこちらをご参照ください。
脊髄梗塞も稀な疾患ですが、「背部痛」から発症することが多く(70-80%)、この病歴はきわめて重要なためしつこく確認することが重要です。脊髄内の病変では疼痛は起こりませんですが、脊髄梗塞では周囲の神経根や硬膜へ虚血も同時に起こることで疼痛が起こります。通常脊髄疾患では背部痛は起こらないため、脊髄梗塞との鑑別点として重要です。発症から神経症状完成までは数時間以内のことが多く、76%の患者は12時間以内に症状がnadirに達します (以下参照 JAMA Neurol. 2019;76(1):56-63 ) 。この点もその他の脊髄疾患との鑑別点として重要です。
疼痛の性状は鑑別に役立たないことも多いですが、硬膜外膿瘍は私の臨床的経験からは皆耐え難いほどの激痛を呈していました(あくまで個人的な経験ですが)。硬膜外疾患に共通した特徴ですが、硬膜外病変が神経根部に進展すると神経根性疼痛をきたします。
腎梗塞は尿路結石や腎盂腎炎と誤診されることがある、診断が難しい疾患のうちの1つです。病歴上はやはり突然発症かどうか?が鑑別点として重要です。腎梗塞はこちらをご参照ください。
胆管炎も腹痛ではなく背部痛+発熱で受診する場合があるため注意が必要です。私は去年高齢女性が主訴背部痛と倦怠感で発熱がなく受診され、「圧迫骨折かなー」と思っていましたが、念のため提出した採血でAST, ALT, Bilが著増していて造影CTにて結石性胆管炎という症例がありました。胆管炎は胆嚢炎と異なり腹痛が主体とならない場合や、敗血症が主体となる場合、背部痛と倦怠感というように一見臓器解剖を裏切るようなプレゼンテーションを呈することがあるため注意が必要です。
2:増悪・寛解因子
■体動時と安静時で疼痛に変化があるか?
・体動時増悪、安静時軽快:筋骨格系
・安静時痛:感染症
筋骨格系の問題は通常安静で改善し、体動で増悪します。当初体動時痛だけで安静時がない状態から、安静時痛も出てくると感染症の可能性もあり注意が必要です。化膿性脊椎炎も注意深く病歴をとると、最初は体動時痛だけだったが徐々に安静時痛も出てきたという病歴が取れる場合が多いです。多発性骨髄腫(こちら)は安静時痛がないことが多く、体動時痛だけだと筋骨格の問題や慢性的な腰痛と片付けられてしまうことがありますが、腎機能障害、蛋白アルブミン解離などの所見から臨床医が積極的に疑いにいく姿勢が求められます。意外としつこい腰痛でただの圧迫骨折と片付けられているケースに多発性骨髄腫が紛れていることがあります・・・。
■姿勢による変化
・前屈軽快(後屈増悪):急性膵炎・脊柱管狭窄症
・立位増悪(仰臥位軽快):遊走腎 これは稀ですが特徴的な病歴です。
腸腰筋まで炎症が波及していると、psoas signが陽性になり、股関節屈曲位になる場合があります。
3:随伴症状
■発熱・体重減少:感染性心内膜炎・感染性脊椎炎・感染性大動脈瘤・UTI
発熱・体重減少を伴う発熱は感染症として注意が必要です。感染性心内膜炎は明らかな骨へ感染症をきたしていなくても(つまり骨髄炎になっていなくても)、腰痛をきたすことがあります。発熱+腰痛で心臓は解剖学的に離れているので想起しづらいですが、鑑別にいれましょう。
■神経所見
・下肢運動障害
・下肢感覚障害
・膀胱直腸障害
神経症状脊髄圧迫症状として重要です。これは下の身体所見のところでまとめます。
■間欠性跛行
脊柱管狭窄症による馬尾圧迫の症状です。どちらかというと慢性経過での腰痛で役に立つ項目です。
4:既往歴で注目する点
・心房細動:腎梗塞、脾梗塞
・免疫抑制:感染
・担癌:骨転移、硬膜外転移
・糖尿病悪化:膵臓癌
担癌患者は常に注意です。転移性骨腫瘍、硬膜外転移などはいずれも急性の腰痛をきたす場合もあります。腫瘍は慢性経過というイメージがあるかもしれませんが、急性経過の場合もあるため注意が必要です。
身体所見
■腹部:腎双手診・拍動性腫瘤の有無
■背部:脊柱叩打痛・CVA tenderness
脊柱叩打痛は棘突起を1つ1つ確認しながらしっかり叩くことが必要です。ピンポイントで痛い棘突起があるかどうか?が重要です。ときどき叩き方が甘いケースを目撃するので注意です。
■四肢:SLR, crossed SLR, Psoas sign
腸腰筋は股関節を屈曲させる働きをするため、受動的に股関節を伸展させる動きで疼痛が増悪することが特徴(Psoas sign)です(下右図)。このため、患者さんはストレッチャーの上で股関節を屈曲させた状態で横になっている場合があり、特徴的な所見です。また腸腰筋のMMTをとるようにしても腸腰筋が収縮することで疼痛が増悪します(下左図)。(下図は BMJ Case Rep. 2010;2010:bcr11.2009.2446.より引用)
■神経:運動・感覚・深部腱反射・病的反射・直腸診(膀胱直腸障害)
脊髄、神経根と運動、感覚の対応を理解するためには髄節の理解が必須です。下肢での髄節と対応する障害をまとめると下図のようになります。
脊髄障害では横断性脊髄障害ではレベルのある感覚障害、膀胱直腸障害、病的反射陽性が特徴になります(脊髄が横断性に障害されている場合)。
以上腰背部痛に関してまとめました。