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くも膜下出血 診断

ここではくも膜下出血の「診断」のみを扱い、合併症管理や治療に関しては扱いません。研修医になって痛感したのは「いかにくも膜下出血の診断が難しいか?」という点です。これはなぜか学生のときはあまり教えてもらえませんでした(学生のときに学んだくも膜下出血はbasal cisternにばーんと出血があり、誰でも診断できるようなイメージがありました)。ここではくも膜下出血の診断の難しさと注意点をまとめます。

1:動脈瘤の形成リスクと破裂リスクを分けて考える

「若年の頭痛で脳卒中はないだろう」という考えは間違いです。よく勘違いされてしまっていますが、動脈瘤の形成リスクと破裂リスクは別です(くも膜下出血の原因の80%は動脈瘤によるもの)。

■動脈瘤形成のリスクは先天的な要素が大きく、家族歴、結合組織疾患、多発性嚢胞腎などが挙げられます。

■動脈瘤破裂のリスクは後天的な要素が大きく、高血圧、人種、喫煙、アルコール多飲、交感神経刺激薬剤、7mm以上の動脈瘤などが挙げられます。

このように動脈瘤形成のリスクは先天的要素が大きいため、若年者でも動脈瘤を潜在的に有している患者さんはいます(全人口の1~2%に脳動脈瘤は生じるとされています)。ついつい脳血管障害というと高齢者疾患のイメージがあるかもしれませんが、くも膜下出血はその他の脳血管障害と比べて発症年齢が若年であることが特徴なので注意が必要です。私も20歳代のくも膜下出血の経験があり、年齢でくも膜下出血を除外するのは間違いなので注意です。

2:多彩な症状

くも膜下出血は典型的だけでなく非典型的なプレゼンテーションが非常に多いことが知られています。発症様式は突然発症が典型的ですが、数分かけて発症する場合もあります。頭痛の性状も「人生最悪」というのが典型的ですが、walk-inで普通に歩いて受診してくる患者さんもいます。

頭痛の部位は片側によることもあれば、全体のこともあり、頸部痛を呈することもあります。典型的には労作時の発症が有名ですが、500例のまとめでは34%は非労作時、12%は睡眠中に発症したとされています。また頭痛の経過も自然と軽快する場合もあれば、頭痛薬が効く場合もあり、「頭痛が改善したから安心、頭痛が効いたから安心」とは全くなりません。一過性意識消失を伴う場合もあり、頭痛+一過性意識消失ではくも膜下出血を必ず除外することが必要です。

嘔吐が主体で微熱を伴う場合は胃腸炎、ウイルス性髄膜炎と誤診されてしまう場合もあります。

このようにくも膜下出血は症状の幅が非常に広いことが診断を難しくしている要因となります。また10~40%の患者において2~8週前に同様の頭痛を経験することがあり、これを”sentinel bleeding”と呼びます。「数週間前に同様の頭痛があった」という病歴には注意です。

3:くも膜下出血の誤診

ここでは”Avoiding pitfalls in the diagnosis of subarachnoid hemorrhage(NEJM 2000;342:29)”というくも膜下出血誤診を避けるためのpit fallをまとめたreviewから引用します。

くも膜下出血の初診での誤診率は1980年代:23~37%(アイオワ大学)、1990年代:25%(コネチカットneurological unit)といずれの時代も初診で1/4~1/3人が誤診と非常に高いです。そして誤診された患者の多くは一見重症感に乏しい患者が多かったとされています。これらの誤診例からわかる3つの事実を挙げており、下記の通りです。

1:医師はずっとくも膜下出血を誤診してきている 耳が痛い・・・・
2:誤診されるような症例が正しく診断されることでの恩恵が大きい
3:誤診され適切な処置がされないと。早期合併症が高率で起こりうる

実際に誤診された症例220例(全体の32%)の初診時の診断は下記の通りと報告されています。
・32%:原因不明の頭痛
・24%:1次性頭痛
・21%:髄膜炎、脳炎
・10%:全身性疾患(インフルエンザ、胃腸炎、ウイルス性疾患)
・8%:脳卒中もしくは虚血
・7%:高血圧緊急症
・6%:心原性 ・6%:副鼻腔関連 ・5%:頸部関連 ・5%:精神的な問題

非常に幅広く誤診をされうることがわかると思います。実際に誤診の原因として以下の3点を挙げています。

誤診の理由
1:臨床像の理解の不十分
2:CTの限界を理解していない
3:LP実施していない、もしくは解釈が違う

1の臨床像の幅広さを医学生のときに通常勉強していないので、研修医になっていきなりくも膜下出血はこんなに難しいのかと驚くと思います(私は学生のときはくも膜下出血がこんなに難しいことは知りませんでした)。以下で検査に関して解説していきます。

4:頭部CT検査

■脳槽の解剖を理解する

くも膜下出血は血液が脳槽(のうそう)に溜まります。この脳槽ですが、場所ごとの名前をきちんと把握しておいた方がよいと思います(下図の6つを確認)。やはり名前が付き分類されると認識はよりしやすくなります。脳槽を1つ1つ順番に指さし確認しながら血腫がないことを確認する作業を毎回繰り返すことで見逃すリスクを下げることが出来ます。

くも膜下出血は国家試験で出てくる典型的なヒトデ型の出血だけでなく、上記の脳槽の一部に微量な出血を認める場合もあります。例えば下図は大脳半球間裂の微小な出血例です。

このように微小な出血は容易に見逃してしまうため、脳槽を1つずつ出血がないかどうか確認する作業が重要です。また、原因不明の水頭症側脳室後角の鈍化などの所見も見逃しやすいため注意が必要です。

■発症から何時間以内は検出可能か?

CTの機種により出血検出の感度は異なります。最近のCTはかなり鋭敏に微量な出血を検出することが出来るため、過去の臨床試験の検査特性がそのまま当てはめられないことがあり注意が必要です。くも膜下出血に対するCT検査の感度に関していろいろstudyはありますが、頭痛発症から6時間以内の頭部CTは感度ほぼ100%と思って問題ないと思います(Neurology® 2015;84:1927, Stroke 2016;47:750)。ただこれは読影のプロが読んだ場合の結果なので、読影のスキルがあることが前提条件となっており注意が必要です。

これ以外にも貧血(Hct<30)の場合は偽陰性になりやすいため注意が必要です。

時間が経過するごとに頭部CTは偽陰性となることが知られており発症から1日経過するごとに感度が7%程度低下することが知られています。1週間後には感度は約50%となってしまうため注意が必要です(Mayo Clin Proc 2008;83:1326)。

5:頭部CT陰性の場合どうするか?

上記の通り発症6時間以内であれば基本的には頭部CT検査で除外が可能です(読影力が十分あることが前提条件)。では発症6時間以降でくも膜下出血を疑う場合にはどうすればよいでしょうか?

■腰椎穿刺

古典的には腰椎穿刺で血清髄液、キサントクロミーの検出がCT検査でとらえられないくも膜下出血のゴールドスタンダードとされていました。しかしこれの問題点は腰椎穿刺によりくも膜下出血の予後を悪化させる可能性がありうる点と血清髄液とトラウマタップの鑑別に悩む点が挙げられます。特に前者は多くの脳神経外科の先生方が気にされますので、施設によっては「くも膜下出血を疑っても腰椎穿刺をやらないでほしい」と明確に意思表示がされている施設もあります。実際に治療されるのは脳神経外科の先生方なので、ここは施設ごとの対応を確認しておく必要があると思います。

■MRI

腰椎穿刺に代わって重要なのが、MRI検査です。MRIの腰椎穿刺よりも優れている点はMRA検査で動脈瘤の同定も可能である点です。

FLAIRは血腫のたんぱく成分がCSFの中で高信号に検出されることで診断します。FLAIRは様々なアーチファクトがある点と、その他の原因でも脳槽FLAIR高信号となる点に注意が必要です。

■注意点
・狭い脳槽(大脳半球間裂・median sylvian fissure)はflow voidにより判断難しい
・血管拍動によるartifact

■くも膜下出血以外で脳槽FLAIR高信号を呈する場合
・髄液拍動 CSF flow artifact 第四脳室、中脳水道
・義歯・部分かつら・増毛パウダーによるアーチファクト
・細菌性髄膜炎:高タンパクの滲出物
・側副血行路
・蘇生後脳症
・慢性硬膜下血腫:脳表静脈が拡張して認める

頭部MRIのもう一つの利点は、「雷鳴頭痛」で患者さんが受診した場合、その他の頭痛疾患の鑑別も出来る点です(RCVS・PRES・下垂体卒中など)。髄膜炎は腰椎穿刺でないと分かりませんが、逆に腰椎穿刺ではRCVS・PRES・下垂体卒中などは診断出来ないためMRIの強みとも言えます。

発症6時間以降でくも膜下出血を疑い、頭部CT陰性の場合は腰椎穿刺もしくは頭部MRI・MRA検査にすすみますが、施設ごとに腰椎穿刺1stにするのか頭部MRI・MRA1stにするのかを予め決めておいた方が良いのではないかと思います。

以上くも膜下出血の診断にfocusをあてて解説しました。

参考文献
・NEJM 2017;377:257 SAHのreview
・NEJM 2000;342:29 SAHの誤診にだけfocusを当てた超有名な論文
・Stroke 2016;47:750, Neurology® 2015;84:1927–1932 SAHのCT感度に関するまとめ