私は救急外来での腹痛診療が苦手です。致死的疾患が多いこと、鑑別疾患が多いこと、造影CT検査まで行っても必ずしも診断が付かない場合があることなど理由は沢山あります。恐い経験を沢山積むとついつい造影CT検査の閾値が下がり検査過剰になってしまう場合もあります。「腹痛診療でなんでもかんでも造影CT検査となってしまうことを避けたい」という思いから、「いかに解剖・病態生理を腹痛診療に活かすか?」というテーマで今回は執筆しました。
1:腹痛の病態生理・解剖
■内臓痛と体性痛
腹痛を診療において、まず腹痛が内臓痛か?体性痛か?を把握することが重要です(下図にまとめます)。内臓痛、体性痛とは何でしょうか?
内臓痛
消化管の管腔内圧が上昇することや臓器被膜が伸展することで起こる疼痛で、自律神経が痛みを伝えるため局在性に乏しく、疼痛の範囲は不明瞭になります(自律神経は 「今ピンチなので交感神経さんお願いします!」 といった体全体の情報を伝えるのは得意ですが、「ピンポイントでここが悪いです!」といった詳細な伝えることは苦手)。
疼痛は消化管の蠕動運動に合わせて間欠的になることが特徴で、Treitz靭帯からの距離によって間隔が決まり、だいたい上部小腸では5分間隔、下部小腸では10分間隔、結腸では15分間隔となります(Treitz靭帯から離れるほど間隔が長くなります)。
体性痛
消化管の場合は臓側漿膜に炎症が波及すると、体性神経(自律神経ではない)が疼痛を伝えるため疼痛部位が局在化し、疼痛も消化管の蠕動運動とは関係ないため持続的な疼痛となります。急性虫垂炎を例に挙げると、当初の腹痛は虫垂内腔の病変で心窩部~臍周囲の疼痛(内臓痛・関連痛)ですが、病変が臓側漿膜まで伸展すると右下腹部痛(体性痛)に限局してくる経過をイメージすると分かりやすいと思います。
身体所見では腹膜に炎症は波及することで、腹膜刺激徴候(反跳痛)が生じることと対応関係にあります。
■関連痛
内臓痛での特徴としては関連痛が挙げられます。関連痛は自律神経由来の疼痛刺激が、同じ髄節の体性神経由来の疼痛と脳が勘違いして起こる疼痛です(正確な機序は難しい)。一般的には疼痛は局在せず、体の正中部にぼやっとした範囲であることが多いです。
身体所見では疼痛部位に病変がある訳ではないため、圧痛は認めないことが一般的です。
次に関連痛がどの臓器由来か?を考える方法に関して解説します。
内臓からの疼痛を伝達する自律神経は動脈に沿って分布し、臓器・動脈・自律神経・髄節の間にはおおまかな対応関係があります(下図にまとめました)。この対応関係は 神経がoverlapする部分も多いため、完全なものではないため注意が必要です。あくまで参考として利用します。
・腹腔動脈が還流する臓器は、大内蔵神経が伝達し、Th5~9領域なので心窩部周囲に関連痛をきたす場合があります。
・上腸間膜動脈が還流する臓器は、小内臓神経が伝達し、Th10~Th11(12)領域なので臍周囲に関連痛をきたす場合があります。
・下腸間膜動脈が還流する臓器は、腰内臓神経が伝達し、L1~L3領域なので鼠径部周囲に関連痛をきたす場合があります。
くどいですがこれはあくまで原則で、実際には神経のoverlapが大きいため、必ずしもこの通りになる訳ではなりません。
■腹痛と姿勢の関係
姿勢による腹痛の変化は、解剖との対応関係を理解することが重要です。
前屈で増悪する腹痛の原因は前屈することで壁側腹膜に接する病変で、胆嚢炎、まれに虫垂炎・憩室炎(位置による)などが挙げられます。
後屈で増悪する腹痛(前屈で改善)は後腹膜が伸展することで起こるため、後腹膜病変が多く、急性膵炎や大動脈病変が代表的です。
まとめると以下の通りです(矢状断での解剖図も載せました)。
・前屈で増悪:胆嚢炎・(まれに虫垂炎・憩室炎 これは解剖位置による)
・後屈で増悪:後腹膜病変(膵炎・大動脈)
2:随伴症状の病態生理・解剖
■嘔気・嘔吐
嘔気・嘔吐が起こる機序としては下記が挙げられます。
・被膜に覆われた臓器の急速な腫大(本管>側管:胆嚢・すい臓・憩室)
・中空臓器の拡張(胃>小腸>大腸)
嘔気、嘔吐を理解するためには消化管を食べ物が直接通過する「本管」(胃・小腸・大腸)と直接通過しない「側管」(胆管・胆嚢・膵臓・憩室)に分類すると理解しやすいです(ブラッシュアップ急性腹症より引用させていただきました)。本管の病変の方が、側管の病変よりも嘔気、嘔吐が起こりやすい特徴があります。また本管の場合は口側の病変の方が肛門側の病変よりも嘔気・嘔吐が起こりやすい特徴があります(下記にまとめます)。
以下に側管の病変に関してそれぞれ解説します。
胆嚢・胆管に関して胆管炎の方が胆嚢炎よりも嘔気、嘔吐症状は一般的に起こりやすいです。
膵臓に関して急性膵炎では嘔気、嘔吐を伴う場合が多いですが、嘔気、嘔吐が臨床症状の前面に出てくることは少ないです。吐きたくても吐ききれない、嘔吐したとしても嘔気があまり改善しない経過をとる場合が多いです。
*本管の問題だとすると嘔吐することで 消化管内圧が減少するため、嘔気が改善することが一般的には多いですが、側管の問題だとすると嘔吐して消化管内圧が減少してもあまり関係ないため嘔気が持続することが多いです。
憩室は後天的に形成され、基本的に憩室炎だけでは嘔気・嘔吐はほとんど伴わず、食事摂取も可能な場合が多いです。
虫垂は本管と側管の中間に位置するような臓器で、憩室に比して嘔気、嘔吐が出やすく食事を普通に食べられることは基本的にありません。腹痛が先行して、そこから嘔気・嘔吐(軽度の場合は食欲不振)という症状の順番が重要です。
■下痢
腸管の粘膜側に炎症・病変がある場合粘膜浮腫による水分吸収障害もしくは腸液分泌により下痢が生じます。下痢の問診では必ず回数・1回あたりの量・性状を確認します。
・回数:頻回、量:大量、性状:水様→水溶性下痢:ウイルス性腸炎
・回数:少ない、量:少ない→非特異的
・回数:頻回、量:少ない(便意はあるが量は少ない:テネスムス症状)→骨盤内炎症が直腸を刺激する場合(腹部大動脈瘤・膿瘍・PID・虫垂炎など)
腸閉塞では閉塞起点より肛門側が閉塞後にばーっと出て下痢が起こる場合があります。腸閉塞では排便・排ガスがないというのはもちろん重要な所見ですが、初期には下痢が起こりうることを認識しておきましょう(もちろん必ず起こる訳ではないですが)。「下痢があったから腸閉塞は除外」と判断すると危険です。
3:消化管かそれ以外の問題か?
これまでは基本的に消化管由来の腹痛・嘔気嘔吐・下痢の病態に関してまとめてきました。しかし、臨床では腹痛の原因は消化管に限らず腹壁(筋骨格系)や尿管・卵巣・精巣由来の場合もあります。この鑑別に関して考えます。
消化管由来らしくない病歴・所見としては
・嘔気、嘔吐、食欲低下、下痢といった随伴症状を認めない
・食事により腹痛の程度が変化しない
・腹部所見に乏しい(やわらかい)
といった点が挙げられます。
■心血管由来の腹痛
消化管由来でなく最も注意が必要なのが心血管由来の腹痛です。
・大動脈瘤切迫破裂
・大動脈解離
・上腸間膜動脈塞栓症
・急性心筋梗塞
がその代表的原因です。
大動脈瘤切迫破裂(切迫破裂は破裂していない状態なので言葉に注意)は腹腔内に破裂すると基本的に救命困難ですが、後腹膜側に破裂すると後腹膜で被覆されて救命できる場合があります。急激な循環血症量減少を背景に失神で受診する場合もあります。突然(~急性)発症の腹痛ではまずAAAを除外する気持ちで臨みます。造影CT検査をしてからコンサルテーションでは遅いので、エコーで判断できるように普段から腹痛患者でエコーを当てる習慣をつけたいです。
上腸間膜動脈塞栓症は「腹部がやわらかいのにめちゃくちゃ痛がっている」ときに疑う代表的な疾患です。これも時間単位で命にかかわる病気で、致死率が極めて高く早期診断が重要です。必ずしも心房細動がある訳ではない、Lactateは初期には上昇しない場合がある、腸管壊死が進むと神経も障害されて一旦腹痛が和らぐフェーズがあるため腹痛が改善したからといって安心材料にはならないなど診断がとにかく難しいので積極的に疑う姿勢が必要です。
■腹壁由来(筋骨格系)の腹痛
これは命にはかかわらないですが、不要な造影CT検査を避けることが出来るという点でしっかり認識しておく領域です(逆に造影CT検査では診断することは出来ない腹痛のうちの1つ)。腹壁由来か消化管の問題かを調べる、身体所見としては、Carnett徴候が有名です。
患者さんが仰臥位で、検者が疼痛部位を圧迫した状態で腹筋に力がはいるように患者に頭を少し上げてもらいます(もしくは下肢を上げてもらう方法もあります)。疼痛が消化管由来の場合は腹筋に力がはいることで、検者の圧迫が弱まるため疼痛は減弱しますが、腹壁由来の場合は疼痛が不変~増強します(下図参照 Mayo Clin Proc. 2019;94(1):139 より引用)。
*腹壁由来の腹痛の鑑別を参考までに体裁します。
■尿管由来の腹痛
尿管結石がその代表です。尿路は平滑筋が豊富なので間欠的な内臓痛が多いですが、尿路結石では炎症も病態としてあるので持続痛の場合もあります(疼痛はゼロにならない場合が多い)。まとめると尿管結石では間欠痛+持続痛(もしくはそのいずれか)を呈します(「間欠痛ではないから尿管結石ではない」とはならないのて注意です)。
尿管はTh11~L2髄節支配領域であるため関連痛は鼠径部から背部にかけての疼痛となる場合が多いです。
■精巣由来の腹痛
精巣はその解剖学的位置はかなり尾側ですが、実際には精巣動脈は大動脈由来(腎動脈の下・下腸間膜動脈の上)なので神経支配はTh10~Th12くらいとされています(文献により差がありますが)。これは発生の過程で精巣が下降して現在の場所に位置することを考えると分かります。このため関連痛は臍周囲にきたすことがあるため、男性の腹痛では注意が必要です。
■腹部がやわらかければ問題ないのか?
救急外来の腹痛診療で「腹痛の原因はわからないが、腹部所見がないから問題ないだろう」としているマネージメントをときどき目にしますが、これは危険です。
上で述べた通り消化管以外の腹痛では腹部所見がほとんどないことが多く、特に心血管病変:大動脈瘤切迫破裂・上腸間膜動脈塞栓症など危険な疾患が多くあります。
消化管由来の腹痛でも腹部所見があまり出ない場合があり、特に後腹膜臓器では腹部所見がはっきりしない場合があります。代表例としては高齢者での下部消化管穿孔初期(大網に被覆される、もしくは腸間膜側に穿孔)が挙げられます。高齢者が敗血症の様相でぐったりしており、腹部所見ははっきりしないが造影CT検査で憩室炎穿孔が指摘される場合などが私も何度か経験があります。
特に高齢者・ステロイド使用患者・糖尿病患者では腹部所見がはっきりしない場合があるため、腹部所見がないから大丈夫という免罪符のような使い方は危険です。
4:腹痛の鑑別
1:消化管
・肝臓:急性肝炎・肝膿瘍・PID
・胆道系:胆嚢炎・胆管炎
・膵臓:急性膵炎
・胃:上部消化管穿孔・胃十二指腸潰瘍
・小腸:腸閉塞
・虫垂炎
・大腸:下部消化管穿孔・憩室炎・S状結腸捻転・閉鎖孔ヘルニア
2:他臓器
・心血管:AAA・虚血性大腸炎・腸間膜動脈血栓症・心筋梗塞・肺塞栓症
・腎尿路:尿管結石・腎盂腎炎
・精巣:精巣捻転・精巣上体炎
・産婦人科:卵巣出血・子宮外妊娠・卵巣茎捻転・PID
3:全身疾患
・血液膠原病:HSP(Henoch-Schonlein purpura)・血管炎・白血病
・内分泌代謝:副腎不全・DKA(糖尿病)・高脂血症・高Ca血症・副甲状腺機能亢進・AIP(急性間欠性ポルフィリン症)・尿毒症・家族性地中海熱
・中毒:鉛中毒
・アレルギー:アナフィラキシー・血管浮腫・乳糖不耐症
最後に代表的な腹痛の鑑別診断を網羅的にまとめました。
参考文献
・急性腹症の早期診断 “Cope’s early diagnosis of acute abdomen” 急性腹症の古典的名著で、自分は何度もこの本を読みました(サソリ中毒とか診たことないけど・・・)
・ブラッシュアップ急性腹症 著:窪田忠夫先生 病態生理と臨床的経験を融合させた神本です。