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なぜ血圧を上げるのか? カテコラミンの理解のために

  • 2020年1月21日
  • 2024年11月12日
  • 薬剤

なぜ血圧を上げるのか?

私たち医療者は患者さんの血圧が下がると不安な気持ちになり、頑張って血圧を上げようとします。一見臨床では当たり前の光景ですが、そもそもなぜ血圧を上げる必要があるのでしょうか?

血液循環本来の目的は「酸素化された血流を組織へ届けること」です。組織への血流は下の式で規定されます。

「還流圧」は心拍出量によって規定されます(電気回路に例えると「電圧」に該当します)。

「血管抵抗」は細動脈の前毛細血管括約筋(下図茶色部分)が収縮することで決まります。ノルアドレナリンを使用すると、この前毛細血管括約筋を収縮させることで血管抵抗を上げる作用があります(電気回路に例えると「抵抗」に該当します)。

先の式で血管抵抗は分母にあるため、血管抵抗を上げると臓器血流は低下します(電気回路で例えると「抵抗」が上がると「電流」は低下します。)。ではなぜ私たちはわざわざ血管抵抗を上げようとするのでしょうか(臓器血流が低下するはずでなのに)?

臓器への血流はどのように調整されているか?

ここでは臓器の血流調整の機序に関してまとめます。臓器の血流を決める機序は、
1:自己調節能 autoregulation
2:交感神経 sympathetic regulation
3:内分泌 metabolic control
上記3つが挙げられます。これらは臓器ごとによって働きが異なります。

冠動脈、脳といった人体にとって重要な臓器は、たとえ血圧が低下しても血流が一定に保たれるよう自己調節能が発達しています(自己調節能:血圧が変化しても臓器血流が一定に保たれるように調節する機序 下図参照)。

逆に皮膚や腸管といった人体生存にとって相対的に重要ではない臓器は、自己調節能がなく、臓器血流は交感神経支配が中心になっています(皮膚、腸管にα1受容体が多く分布している)。つまり、人体が危機的状況に陥り交感神経が賦活されると、皮膚や腸管の血管が収縮し血管抵抗が上昇します。

血流はどのように分配されているのか?

心拍出量が”100″だと仮定し、通常の状態では脳へ”25″、腎臓へ”25″、消化管へ”25″、皮膚へ”25″分配されているとします(下図左側)。

ここで例えば心拍出量が”60″へ下がってしまい、交感神経が賦活された状況を考えます。交感神経はα1受容体に働きかけて血管を収縮させ血管抵抗を上昇させますが、このα1受容体は体内に均等に分布している訳ではなく、先に述べたように特に皮膚、消化管により多く分布しています。このため交感神経が賦活されると皮膚、消化管の血管を収縮、血管抵抗を上昇させます。すると心拍出量”60″のうち、腸管へ”5″、消化管へ”5″しか血流は分配されなくなり、脳、腎臓へ残りの”50(=60-5-5)”が分配されるため、脳へ”25″、腎臓へ”25″と分配されます。こうすることで心拍出量が減少しても、脳への血流を保つことが可能になります(下図右側)。

つまり、交感神経が賦活することで人体にとって重要ではない臓器への血流は犠牲にして、その分重要な臓器(脳、心臓など)へ血流を再分配をしています。これが交感神経の役割になります(カテコラミンの役割も同様です)。全ての臓器にとって最善のことは出来ないため、臓器に優先順位をつけて非重要臓器の血流を犠牲にすることで重要臓器への血流が成り立っていることを忘れないようにしましょう。

この非重要臓器の血流が犠牲になっている例は臨床的にとらえることができます。ショックの患者さんの皮膚の色が蒼白なのは、重要臓器への血流を優先するために、皮膚への血流が犠牲になっていること表現していますし、敗血症性ショックの患者さんにノルアドレナリンを使用すると腸管血流障害(NOMI: nonocclusive mesenteric ischemia 非閉塞性腸管虚血)が起こることは、腸管への血流が犠牲になっていることを表現しています。上図では腎臓へ”25″血流が分布されていますが、実際には尿量の低下も非重要臓器の血流低下を反映しています。

こう考えると交感神経の作用(カテコラミンの作用)は決して全ての臓器にとって良いことをしている訳ではなく、あくまで 重要臓器の血流を維持するための「必要悪」として機能していることが分かります。

ここまで「なぜ血圧を上げるのか?」という問いから始まり、臓器血流の支配の方法、重要臓器と非重要臓器の血流再分配の機序に関して説明させていただきました。「血圧を上げる」という日常何気ない医療行為もその原理に立ちかえって考えてみると様々な生理学的背景を勉強することができます。またカテコラミンの薬剤はあくまで「必要悪」であり、全ての臓器にとって良いことをしている訳ではないことが分かります。日常臨床の考え方として参考になれば幸いです。具体的なカテコラミンの投与量、γ計算に関してはこちらをご参照ください。