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アルガトロバン argatroban

ここでは急性期脳梗塞でのアルガトロバンの位置づけについて調べた内容をまとめていきます。

端的にまとめると「非心原性脳梗塞のアテローム血栓性やBADといった初期に高率に神経所見が増悪する(early neurological deterioration: END)病態では抗血小板薬にアルガトロバン併用が望ましい」ということになるかと思います。元々アルガトロバンはエビデンスない三羽烏と言われてきましたが、それはあくまでもこういった病型に絞っていない場合の話であったのできちんと効果がある病態に絞ることで効果を証明できたことは大きな意義があると思います。

ガイドライン

脳卒中治療ガイドライン2021

脳梗塞急性期 1-4 抗凝固療法

  1. 発症48時間以内の非心原性・非ラクナ梗塞に、選択的トロンビン阻害薬のアルガトロバンを静脈投与することを考慮しても良い(推奨度C エビデンスレベル中)

AHA/ASA Guideline

“Guidelines for the Early Management of Patients With Acute Ischemic Stroke: 2019 Update to the 2018 Guidelines for the Early Management of Acute Ischemic Stroke” Stroke. 2019;50:e344–e418

3.10.Anticoagulants

3. “At present, the usefulness of argatroban, dabigatran, or other thrombin inhibitors for the treatment of patients with AIS is not well established.” Ⅱb B-R
*(管理人訳)現時点で急性期脳梗塞に対するアルガトロバン、ダビガトラン、その他トロンビン阻害薬の治療における有用性は確立してない。

臨床試験

“ARAIS” trial JAMA. 2023 Feb 9. doi: 10.1001/jama.2023.0550.

・急性期脳梗塞でrt-PA適応症例にアルガトロバンを併用することで神経学的予後を改善できるか?というRCTです. 結論は両群で神経学的予後に有意差はなく, 出血合併症に関しても差はない結果でした.

過去の臨床試験と本研究の違う点
・sample sizeが大きい大規模試験である
・NIHSS=8-9点と過去の試験(NIHSS=13-19.5点)よりも重症度が低い
・大血管閉塞は必須ではない

Subgroup analysis
・年齢、性別、来院時のNIHSS(9点をカットオフ)、血管内治療の有無、血管閉塞の有無、発症からの時間(3時間をカットオフ)、来院時のmRS、脳梗塞またはTIAの既往はいずれも有意差はない。

Limitations
・アルガトロバン群で同意が得られずpower(n=367)に達していない
・機能予後良好が当初の想定21%よりもはるかに高い64%である(これは最初のNIHSS点数と関係しているかもしれない)
・unblindedである(endpointはblinded)
・大血管閉塞が過去の研究よりも少ない
・アルガトロバン投与量は過去の研究よりも少ない

解釈と適応(私見)
・あくまでもrt-PA適応症例に限定しているのでrt-PA非適応例でアルガトロバン併用に意味があるか?という点に関してはこの臨床研究からは分かりません。実臨床でアルガトロバンを使用するのはrt-PA非投与例でのBADやアテローム血栓性だと思うのでその点に関しては答えはない点に注意です。

“ARGIS-1” Stroke 2004;35:1677-82.

・北米171例の急性期脳梗塞患者(発症≦12時間・NIHSS=5-22点・rt-PAは除外)をアルガトロバン投与群(bolus+3μg/kg/min or 1μg/kg/min 5日間投与)とプラセボ群に分け(標準治療としてアスピリンは投与されている)、30日後の症候性頭蓋内出血を比較したdouble-blinded RCT。
・結論は症候性頭蓋内出血に関して有意差なし。神経機能予後に関しても有意差なし。
・primary outcomeが安全性の検討である点がポイント。

“ARTSS-2” Stroke 2017;48:1608-16.

・90例のrt-PA実施の急性期脳梗塞患者をアルガトロバン併用群とプラセボ群に分け、症候性頭蓋内出血を検討し、症候性頭蓋内出血は増やさず、有用性も示さず

過去のRCT4件のmeta-analysis World J Clin Cases 2022;10:585-93.

結論 *先述のARAISは2023年発表のため含まれていない
・アルガトロバンはプラセボと比較して有効性証明されない。
・出血合併症は増やさない。

DAPT+argatrobanについてのsingle arm study Brain Behav. 2022;12:e2664.

・こちらの論文はRさんからコメントで教えていただいた臨床研究です。RCTではないですが実臨床で最も知りたいところの「アテローム血栓性の場合に抗血小板薬にアルガトロバンを追加することで機能予後を改善できるか?」という疑問を元に臨床研究がされています。
・この結果ではアルガトロバン併用の方が良い結果でした。今後前向き研究が待たれるところです。

・Design: prospective, open label, single arm study *RCTではない点に注意
Patient: 急性期脳梗塞 発症≦72時間, NIHSS≦12, アテローム血栓性(TOASTでの大血管硬化)
exclusion: 血栓溶解療法, 脳卒中既往によりmRS>1, アテローム血栓性以外の原因, 脳出血既往
Intervention: DAPT+argatroban*前向き single arm
*argatroban 2-5日間持続投与 100μg/kg bolus投与→1.0μg/kg/min持続投与
Control: DAPTのみ(ここは後方視的に集められたデータである)
Primary outcome: 発症7日間のearly neurological deterioration(baselineからのNIHSS≧1以上の神経所見増悪) 4.2% vs 10.0% adjusted p=0.046
・Secondary outcome: 発症7日後のNIHSS baselineからの低下 1.06+2.03 vs 0.39± 1.97 adjusted p=0.003, 90日後のmRS 0-1 66.7% vs 64.5% adjusted p=0.088, mRS 0-2 87.5% vs 79.2% adjusted p=0.048
・safety outcome: 7日後頭蓋内出血 0% vs 0%, 90日後の臓器出血 0.8% vs 0.2%, 90日後全死亡 0% vs 0.6%

どうするべきか?(私見)

・まず私はアルガトロバンは基本使用しないで治療に当たっています。ただ使用する場合もときおりあります。
・今回の”ARAIS”はrt-PA実施時のアルガトロバンについてですが、実臨床で最も知りたいのは「アテローム血栓性やBADといった急性期に高率に神経所見が増悪する病型に絞った場合のアルガトロバン併用の意義」についてだと思います。この点に特化した前向き研究はないですが、上記に紹介させていただいた通り予後改善の余地はあります。この点はこれからの前向き研究が待たれます。
・実臨床でアルガトロバンを併用する場合、確かにアルガトロバンの持続投与が終了したタイミングで神経所見が悪化する人がおりこれは多くの脳卒中医が感じていることと思います。
・なのでまだエビデンスがないから使ってはいけないとはいかないと思います。
・より細かい病型ごとに有用性がどうか?という点が今後知りたいところです。

以下2024/1/12追記:上記私見で記載していた「神経所見が増悪する患者に限定した前向き研究」がついにpublishされたためまとめます(ついに出た!という感じですね)。

END(early neurological deterioration)を呈する急性期脳梗塞患者におけるアルガトロバンの有用性 ”Argatroban in Patients With Acute Ischemic Stroke With Early Neurological Deterioration: A Randomized Clinical Trial.” JAMA Neurol. 2024 Jan 8:e235093. doi: 10.1001/jamaneurol.2023.5093. Epub ahead of print. PMID: 38190136; PMCID: PMC10775075.

Design:open-label, blinded-end point RCT
P:急性期非心原性脳梗塞患者
inclusion criteria:発症48時間以内+END(発症48時間以内のNIHSS2点以上の増悪)
exclusion criteria:心原性塞栓症、頭蓋内出血、発症前mRS>1、アルガトロバン禁忌該当、重度心不全(EF<40%)、肝不全、腎機能障害(CCr<30ml/min)、予後3か月未満
 *患者背景:628例(中国)、年齢65歳、男性63.7%、再灌流療法約20%、悪化前NIHSS=4点、悪化後NIHSS=8点、発症からランダム化割り付けまでの時間=24時間、TOAST分類 大血管硬化(アテローム血栓性) 約45%, 小血管病(ラクナ梗塞)約42%
I:アルガトロバン併用群
*アルガトロバン投与スケジュール:初期2日間 60mg/日、その後5日間20mg/日(計7日間持続投与)

C:非併用群
*両群で標準治療として抗血小板薬を使用するがSAPT or DAPTの選択に関しては現場の医師にゆだねられている
O:90日での神経学的予後良好(mRS=0-3と定義)
・アルガトロバン併用群 80.5% vs 非併用群 73.3% `
*risk difference, 7.2%; 95% CI, 0.6%-14.0%; risk ratio, 1.10; 95% CI, 1.01-1.20; P = .04


・症候性頭蓋内出血 0.9%(n=3) vs 0.7%(n=2) 有意差なし *頭蓋内出血を増加させない
・その他出血 0.6% vs 0.4% 有意差なし

機序に関しての考察仮説:抗凝固療法による血栓の進展予防効果・血栓形成「後」よりも血栓形成「前」の方が抗凝固療法は効果が高いことが重要
アルガトロバン投与期間に関して:ENDが生じやすい最初48-72時間をカバーすることが重要

この研究結果を踏まえての管理人私見
・上記でも記載しているがBADやアテローム血栓性といったENDを呈する病態にpopulationを絞ることでアルガトロバン併用が有用であったことが示された。実は日本の多くの施設では元々アルガトロバン併用を行っているため、この点が正しいことが証明された。
・元々よくエビデンス無い三羽烏として①エダラボン、②オザグレル、③アルガトロバンが指摘されていたが、③アルガトロバンは元来Studyが対象患者を広げ過ぎていたため検証できていなかっただけである。
・現状はアテローム血栓性やBADに対してはDAPT+アルガトロバン併用のtriple therapyとなるだろう。ただ最初からアルガトロバンを併用するか?増悪してから併用するか?に関しては判断が難しい。正直増悪時の機能予後のインパクトの大きさを考慮すると発症早期かつ来院時までに増悪しているケースや画像上明らかBADの場合は初期からアルガトロバン併用を実施しても良いと思われる。特に前向き研究で出血合併症がアルガトロバン併用群で増加しなかった点も臨床上与えるインパクトは大きい。
・また本研究は中国からの報告であり、同じアジア圏に属する日本にとっても大きな意味を持つ。

管理人記録
・2024/1/12新しい論文内容を追記 “Argatroban in Patients With Acute Ischemic Stroke With Early Neurological Deterioration: A Randomized Clinical Trial.” JAMA Neurol. 2024 Jan 8:e235093. doi: 10.1001/jamaneurol.2023.5093.