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神経筋疾患による呼吸不全

神経筋疾患による呼吸不全の機序

神経筋疾患による呼吸不全の機序は以下の1-3が知られています。

1:上気道・咽頭・喉頭の筋力低下
・嚥下機能低下により喀痰が貯留し上気道閉塞をきたす
・喉頭周囲の筋力低下により仰臥位で上気道閉塞のリスクがある
2:吸気筋力低下
・吸気不十分により無気肺とそれに伴うV/Q mismatchによる低酸素血症、肺胞低換気による高二酸化炭素血症
3:呼気筋力低下
・通常呼気は受動的に行われるが、呼気筋力が低下すると咳嗽や喀痰の自己喀出が不十分

以下では上記1-3の中で特に重要な2:吸気筋力低下に関する病態、身体所見、鑑別などをまとめます。

呼吸筋力低下の病態

・呼吸筋に関与するのは横隔膜、肋間筋、呼吸補助筋(胸鎖乳突筋)などが挙げられます。
・このうち横隔膜が安静時呼吸では70%程度を担っているとされており、呼吸筋の中で最も重要な役割を担っています。
・通常呼吸筋力が30%以下にならないと肺胞低換気による呼吸不全は生じないとされています(AaDO2が開大していない場合)。なので呼吸不全を呈している段階で既にかなり呼吸筋の筋力低下を実際には認めていることになります。
・肋間筋は上部と下部で機能が異なり、吸気時に下部肋骨はbucket-handle motion(支点:胸椎、胸骨、外側上方へ向かう動き)をし、上部肋骨はpump-handle motion(支点:脊椎、胸骨を前上方へ向かう動き)をしています。
・神経筋疾患による呼吸困難はunderdiagnosedであるとされており、原因不明の呼吸困難を認めた場合は神経筋疾患の可能性を積極的に疑う姿勢が求められます。
・また神経筋疾患による呼吸不全はCO2ナルコーシスのリスクが極めて高いです。しばしば医療者が意識せずに不用意な酸素投与をしてしまい、CO2ナルコーシスに至った例を目撃しますので注意が必要です。

神経筋疾患による呼吸不全を示唆する病歴

■起座呼吸(臥位での呼吸困難)
・心不全の身体所見として有名な起座呼吸ですが、神経筋疾患でも起こることがある点に注意が必要です。
・これは後でも記載しますが、仰臥位になると腹部臓器が頭側へ移動し、かつ呼吸補助筋が働きにくくなるため横隔膜の筋力低下があると肺活量が低下する(座位と比べて)とされています。

■夜間低換気
・夜間就寝中は生理的に低換気となることから呼吸筋力に予備能がない状態では容易に二酸化炭素が体内に貯留してしまいます。早朝時の頭痛(二酸化炭素貯留による)、疲労、過眠、夜間頻回に起きてしまうなどが夜間低換気の症状として挙げられます。

■動作時呼吸困難
・酸素需要に呼吸筋が応じることができないために生じます。
・安静時呼吸困難はより重篤な呼吸筋力低下を示唆します。

神経筋疾患による呼吸不全を示唆する呼吸様式・診察

■SBCT(single breath counting test)
・1回の息継ぎで1から順番に数字を声に出して数えいくつまでいけるか?(10回→1L, 20回→2Lというおおまかな対応関係)

呼吸補助筋の使用、努力様呼吸
・ただ観察するだけではなく、呼吸中に直接胸鎖乳突筋にふれることで胸鎖乳突筋を実際に収縮させているかどうかを知ることができます。

奇異性呼吸(paradoxical abdominal movement)
・正常例では吸気時に胸郭と腹部はどちらも外側へ広がる動きとなりますが、横隔膜が麻痺している状態では胸郭が陰圧になろうとすると、横隔膜は頭側へ移動し(胸郭の陰圧により)、結果腹部もへこんでしまう奇異性呼吸を呈します(下図参照)。これは仰臥位の状態で観察しやすいとされています。

横隔膜筋力低下を検出する検査

■呼吸機能検査
・最も一般的ですが、VC, PImax(maximum inspiratory pressure), PEmax(maximum expiratory pressure)を測定します。VCは通常60-70mL/kgですが、VC<30ml/kgで無気肺を生じ、VC<15ml/kg(もしくは1L未満)は人工呼吸管理の適応です。Guillain Barre症候群の図ですが、VCと対応する呼吸生理、換気管理をピラミッドにした有名な図があります(下図参照)。

・また呼吸不全へ進行するリスクとしては“20/30/40 rule” :vital capacity <20ml/
kg; peak inspiratory pressure <30 cmH2O, peak expiratory pressure <40 cmH2O
が知られています。

■座位と仰臥位での肺活量の違い
・仰臥位になると腹部臓器が頭側へ移動し、かつ呼吸補助筋が働きにくくなるため横隔膜の筋力低下があると肺活量が低下する(座位と比べて)ことが知られています(通常はVCの低下は10%未満とされています)。
・逆に仰臥位での肺活量が座位と比べて低下しない場合は、横隔膜筋力低下は積極的に疑われません。

■横隔膜エコー
・横隔膜の機能を直接評価ができ、かつ非侵襲的がであるためとても有用です。
・通常は吸気時に横隔膜は肥厚しますが、横隔膜の筋力低下や麻痺があると吸気時にも横隔膜は肥厚しません(下図参照)。

・エコーの当て方は下図に様に前腋窩線・矢状断面方向・最も尾側の肋間にリニアプローベを当てます。

・基準値としては横隔膜の厚さ>0.14cm、横隔膜の厚さ:吸気時と呼気時の比>1.2が正常とされています。既報では横隔膜エコー検査による神経筋疾患による横隔膜障害の検出は感度93%、特異度100%とも報告されており低侵襲なことと相まって非常に有用な検査です(Neurology ® 2014;83:1264–1270)。

原因

・中枢(呼吸中枢の延髄)、脊髄(特にC3-5レベル)、末梢神経(横隔神経)、神経筋接合部、筋肉(横隔膜)いずれの障害によっても呼吸不全を生じます(解剖との対応関係は下図を参照)。
・この中で特に急速な呼吸筋力低下をきたす疾患の代表はギラン・バレー症候群、重症筋無力症、bulbar onset ALS(筋萎縮性側索硬化症)です(ギラン・バレー症候群はこちら、重症筋無力症はこちらをご参照ください)。これらの疾患はそれまで診断がついておらず呼吸不全で受診し診断がつく場合もあるため注意が必要です。
・筋疾患の中で呼吸不全が前景に立つことが多いものは、先天性:遅発型ポンペ病、ネマリンミオパチー、後天性:SLONM、抗ミトコンドリアM2ミオパチーなどが挙げられます。

参考文献
・N Engl J Med 2012;366:932-42. 横隔膜障害に関するreviewできれいなシェーマもあり、多くを引用させていただきました。

・Respir Care 2006;51(9):1016–1021. 神経筋疾患による呼吸不全のreview