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Flail arm syndrome

Flail arm syndromeは様々な表現をされますが(たるに人が閉じ込められた様にみえることからman-in-the-barrrel syndromeという表現など)、運動ニューロン疾患の亜型として有名な症候群です。上肢の近位筋優位・左右対称性に進行性の筋力低下・筋萎縮をきたし、下肢筋力低下や球症状をほとんど伴わないことが特徴とされています(錐体路徴候も認めない場合が多いです。以下の写真はJNNP 1998;65:950より引用しました 特徴をとらえた分かりやすい写真・絵だと思います)。

運動ニューロン疾患のうちの1つに分類されます(下図分類Nat. Rev. Neurol. 10, 661–670 (2014)より引用)。

*”flail”はスペルに注意で”frail”ではありません。”flail”とは連接棍(れんせつこん)という柄の先に鎖などをつけた武器の一種だそうです(下図はWikipediaより引用)。

Arte De Athletica 2b.jpg

疫学

イギリスロンドンのコホートでは(Neurology ® 2009;72:1087–1094)全1188例のMNDのうちflail arm syndromeは全体の11.4%、flail leg syndromeは6.3%と報告されています。flail arm syndromeで男女比は4:1、発症年齢中央値58歳、予後61ヶ月、5年生存率52%、症状発症から診断までの期間9ヶ月と報告されています。以下にまとめを掲載します。

ここでは以下の定義に基づいてflail arm syndromeを分類しています。

上肢筋力低下の分布

flail arm syndrome42例と典型的なALS146例を比較した研究(J Neurol (2016) 263:390–395)から引用します。この研究では上肢の症状発症は近位:24%、遠位:40%、近位+遠位両方:36%と報告されています。もともとflail arm syndromeでは上肢近位からの発症が特徴的と報告されていましたが、実際には遠位発症も多い結果でした。flail arm syndromeで最終的には遠位+近位どちらも障害されることになりますが、遠位からの発症の方が診断も難しいため(MMN、頚椎症など鑑別)重要です。

また当初は76%において左右非対称の発症様式をとることが指摘されています。以下に発症時は左・右・両方いずれの障害か?遠位・近位・遠位+近位いずれの障害か?をまとめた図を掲載します。

flail arm syndromeの誤診

flail arm syndromeは当初54.8%で誤診されていたという衝撃的な結果が報告されています(免疫グロブリン投与が26%に対して行われたとされています)。誤診された鑑別疾患としてはMMN、手根管症候群、SMA、頚椎症が挙げられます。特に上肢の遠位から障害される場合はMMNなど含めて誤診されやすい傾向にあります(MMNに関してはこちらを、頸椎症性筋萎縮症CSAに関してはこちらをご参照ください)。

やはりただ近位か?遠位か?だけでは情報として粗雑で、髄節に沿った障害か?(頚椎症らしい)髄節と関係ない障害か?(flail arm syndromeらしい)、神経伝導検査の所見でfocalな脱髄所見を認めるか?(MMNらしい)といった情報を丁寧に集めることが重要です。

*下図は第62回日本神経学会「ALSと脊椎疾患の鑑別診断の仕方」亀山隆先生のご講演より一部引用・改変させていただきました。

電気生理検査

Split hand syndromeはALSで特徴的な所見で、これは電気生理的にはAPBとADMのCMAP ampの比で調べます(APB/ADM CMAP amp<0.6がsplit hand syndromeの基準)。上肢発症ALS患者48例とFlail arm syndrome9例のsplit hand syndromeを電気生理的に調べた研究ではsplit hand syndromeの基準を満たしたのが上肢発症ALSは40%、flail arm syndromeでは11%という結果でした(Clinical Neurophysiology (2016) 46, 149—152)。またAPB/ADM CMAP amp<0.25と著明に低下しているものは上肢発症ALSでは27%に認めましたが、flail arm syndromeでは認めなかったという結果でした。この結果は上肢発症ALSとflail arm syndromeの鑑別点になるかもしれません。

flail arm syndromeの一番の鑑別疾患としてMMNが重要です(MMNは治療介入の余地があるため)。MMNとの鑑別においては神経伝導速度検査が重要で、特に近位のErb刺激まできちんと行い近位に伝導ブロックがないかどうか?の評価を行います。また通常MMNは通常末梢神経ごとの障害ですが、flail arm syndromeではそのような差は認めません。これを上肢支配域の違う複数部位で針筋電図で障害を確認することも重要です。

画像検査

画像所見に関してまとまった報告はないですが、唯一脊髄MRIでの“Owl’s eye sign”の報告があります(Neurology 2015;84:1500)。22歳男性で2年の経過で上肢(近位>遠位・右>左)に左右非対称の進行性筋力低下・萎縮をきたした症例として報告されています(個人的にはこれだけでは本当にflail arm syndromeとして良いか気になりますが・・・)。私はこのような画像を呈した症例は経験がありません。

予後

先ほどのNeurologyのイギリスロンドンでのコホートではflail arm syndromeは典型的なALSと比較して予後が良いことが指摘されています。

先ほどのJ Neurologyでも同様の結果になっています。

しかし、中には急性の経過をとる症例もありますので注意です(BRAIN and NERVE 67(5):639-650,2015に桑原先生の御経験された48歳男性の急性経過で呼吸不全に至ったflail arm syndromeのCPC症例の報告があります)。

flail arm syndromeはALSの亜型として重要で、MMNとの鑑別が難しいこともあり重要な疾患です。先日flail arm syndromeが鑑別となる症例があり、今まできちんと文献を調べられていなかったので調べてまとめさせていただきました。