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脊椎硬膜外膿瘍 SEA: spinal epidural abscess

病態

硬膜外脂肪識へ細菌感染をきたす病態です。以下に簡単に脊椎領域の硬膜外腔の解剖を示します。

部位 血行性に膿瘍を形成する場合、膿瘍部位は硬膜外の後方が多いとされています。理由は後方の方が前方と比べて”infection prone fat”(つまり感染する脂肪が多い)とされ、胸腰髄領域が硬膜外腔が広く、静脈叢が低圧であることから感染をきたしやすいとされています。化膿性脊椎炎から物理的に波及している場合は前方に膿瘍を形成することが多いです。まとめた報告では頸椎19%, 頸胸椎7%,胸椎35%, 胸腰椎7%, 腰椎18%, 腰仙椎12%と報告されています(Neurosurg Rev (2000) 232:175–204より)。(下図はNEJMのreviewより引用)

感染経路 1:血行性 50%(硬膜外腔は血流が豊富とされている)、2:物理的波及 50%とされています。特に後者の物理的波及は化膿性脊椎炎からの波及が多いです。化膿性脊椎炎、腸腰筋膿瘍、脊椎硬膜外膿瘍はそれぞれ合併しうるので、どれか1つを認めた場合は他の合併がないかどうか気にする臨床的視線が重要だと思います。

原因菌

原因微生物は以下の通りでS.aureusが最多となっています。感染源に基づいたetiologyを有します(Q J Med 2008; 101:1–12)。

S.aureus:60% 最多
GNR:15%(E.coli 3%, P.aeruginosa 2.5%, Klebsiella 1%)
Streptococci:9% (Viridans group 2%, GBS 1.5%, S.pneumoniae 1.5%)
・ Enterococcus :1%
・CNS: 4.5%
・嫌気性菌: 2%
・Mycobacterium <1%

感染源

・皮膚軟部組織感染 18%(7-45%) ・尿路感染症 10%(2-36%) ・原因不明 8%(5-11%) ・呼吸器症状 5%(3-16%) ・腹部感染症 4%(2-11%) ・感染性心内膜炎 3%(1-8%) ・カテーテル関連感染 2%(1-8%) ・歯科感染 2%(1-11%) ・鼻咽腔感染 2%(-1-11%)

背景のリスク因子

糖尿病 21%(15-46%) ・脊椎解剖学的異常 17%(6-70%) ・外傷 15%(5-33%) ・静脈麻薬乱用者 15%(4-37%) ・免疫抑制 12%(7-16%) ・担癌患者 7%(2-15%) ・HIV/AIDS 6%(2-9%) ・アルコール依存 5%(4-18%) ・慢性腎障害 4%(2-13%)

臨床症状

障害された脊椎高位に背部痛・疼痛を70-90%で認め、疼痛部位に身体所見で脊椎叩打痛を通常認めます。Mandellには”pain is the most consistent symptom 70-90% and is usually acompanied by local tenderness at the affected level”と記載があります。あまり教科書には書かれていないのですが、個人的な臨床経験では「身の置きどころがないような非常に激しい疼痛」が脊椎硬膜外膿瘍の特徴と思っています(みなさまの臨床経験ではいかがでしょうか?痛すぎて安静で長時間MRIが撮れない場合なども多い様に感じます。個人的には化膿性脊椎炎とも痛がり方が違うように感じています)。

また硬膜外膿瘍が神経根に進展すると、放散する神経根痛(複数の神経根支配域にまたがる場合がある)を認めます。膿瘍は2椎体程度に及ぶため、神経根は複数が障害される場合があります。首をうごかすとしびれが腕にはしる、頸部痛が増悪するといった所見が得られると神経根まで膿瘍が波及していることを疑います。

個人的には「神経根障害があるか?ないか?」は病変部位の推定にとても重要と思います。脊髄内の病変では通常神経根障害はきたしませんが、脊髄外の病変で神経根障害をきたします。このため、神経根障害の有無によって脊髄内の問題か?脊髄外の問題か?をある程度鑑別することが出来るからです(もちろん完璧にではないですが)。

通常は神経根を圧迫して、その後脊髄を圧迫する場合が多いです(もちろんいきなり脊髄圧迫をきたす場合もありますが)。この脊椎硬膜外膿瘍の進展様式をstagingで表現したものがあります(下図)。Stage3→4へは急速に至るとされていますので、やはり神経学的予後を改善するためにはStage2の段階までで何とか拾い上げたいです。脊髄圧迫症状が出てから診断するのは簡単ですが、その前段階で診断するという気概が必要で、そこでは神経根障害を丁寧に拾い上げる姿勢が重要だと私は思います。

発熱は20-50%程度で、必ずしも発熱は認めない場合があります。脊椎硬膜外膿瘍の3徴は発熱、腰痛、神経症状ですが、これら全てがそろうことは少ないとされています。

検査

髄液検査を実施する必要は基本的にないとされています(腰椎領域の硬膜外膿瘍の場合は禁忌となるため注意)。私は頸椎領域の硬膜外膿瘍で当初分からず髄液検査をしてしまったことがありますが、そこでは髄液細胞数上昇や蛋白上昇はあるのですが髄液培養検査で菌は検出されませんでした。私は経験的にも髄液検査が硬膜外膿瘍の起炎菌同定に至ることはなく(報告では6~28%程度で髄液中菌検出)、無理に実施する意義はないと思います。また逆に菌が検出されない状態で髄膜細胞数上昇、蛋白上昇を認める場合は”parameningeal inflammation”の病態を考慮するべきと思います。

血液培養検査は約40%で陰性とされ、起炎菌同定にはこの他CTガイド下生検もあります。

画像

造影MRI検査(T1造影)とDWIが脊椎硬膜外膿瘍の検出に有用です。通常の単純MRIのT2WI, T1WIでは病変を検出することは困難な場合も多いので、必ず造影MRIもしくはDWIで評価をするべきです。

私は昨年度腰背部の激痛を呈している患者で当初MRI検査では何も指摘できませんでしたが、数日後MRI検査を再検したところ脊椎硬膜外膿瘍を指摘した症例を経験しました。原因不明の腰背部痛は脊椎硬膜外膿瘍の可能性を考慮し、また画像所見は遅れて出てくることがあるため注意が必要(これは腸腰筋膿瘍でも同様で膿瘍一般の原則かもしれません)だという教訓を得ました。

膿瘍の特徴として膿瘍周囲の造影効果を認めます(下図)。

DWIは膿瘍検出に優れた方法で、脊椎硬膜外膿瘍でもその有用性が指摘されています。個人的には前の施設では脊椎・脊髄のMRIでDWIが非常にきれいに撮影出来たので脊椎硬膜外膿瘍の検出に大変重宝していました。脊椎・脊髄MRIでのDWIは施設ごとに機種などの影響で有用性がやや変わる印象があります。下図はAm J Neuroradiol 23:496–498, March 2002より参照。

治療

全ての膿瘍治療に共通の原則ですが、「ソースコントロール+抗菌薬」が最重要なことに変わりはありません。

抗菌薬

硬膜外・硬膜はBBBを解剖学的に超えないので、体循環に属します。このため本来は髄膜炎を合併していない限りは髄液移行性を考慮せずに抗菌薬選択をしてよいはずです。しかし、なかなか判断が難しい場合もあるので個人的には治療開始は細菌性髄膜炎に準じて髄液移行性を考慮し、”meningitis dose”で治療を開始するようにしています。これも考え方によるところが大きいと思いますのでご意見いただけますと幸いです(この点に関してバシッと記載している文献を見つけることが出来ませんでした。もしご存知の方はご指摘いただけますと幸いです)。

抗菌薬はS.aureus(最多かつ重要), GNR, Streptococcusをカバーするものを選択します。私は起炎菌同定未の場合は髄膜炎doseでCTRX + VCMで治療を開始し、起炎菌が同定され次第de-escalationするようにしています。

抗菌薬の治療期間に決まったものはありません。骨髄炎合併なし:4-6週、骨髄炎合併:8-12週と記載がありますがこれもあくまで参考所見で、個々の症例での治療期間の決定が重要です(膿瘍は消えるまで)

参考文献

・N Engl J Med 2006;355:2012:脊椎硬膜外膿瘍のreview。やっぱりまずはNEJMのreviewを読みます。

・Q J Med 2008; 101:1–12:大変詳しくまとめられたreviewで、具体的な疫学的な数字はほとんどこの論文から引用させていただきました。