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腹直筋鞘血腫 rectus sheath hematoma

最近腹直筋鞘血腫を経験したので勉強したことをまとめます。比較的稀な疾患だとは思いますが、今回臨床的に疑うことが出来ず次回に活かせるようにまとめます。日本では「腹直筋血腫」と呼ぶことがありますが、海外の文献はほぼすべて “rectus sheath hematoma”(sheath=鞘・さや)となっているため、ここでは「腹直筋鞘血腫」と表現を統一します。

0:解剖・病態

腹直筋(rectus abdominis)は腹直筋鞘(rectus sheath)という鞘(さや)に包まれており、外側から外腹斜筋(external oblique muscle)、内腹斜筋( (internal oblique muscle) )、腹横筋(transverse abdominis)と3つの筋肉により構成されています。弓状線(arcuate line)より尾側では腹横筋と内腹斜筋は腹直筋の前方へ移動し、腹直筋の後方は鞘構造がなく、直接横筋筋膜と接する構造になっています(この解剖構造のため同部位で血腫ができると鞘が無いため血腫が広がりやすい)。下図は腹壁をsaggitalでみたシェーマ(左側:腹壁、右側:腹腔)になります。

腹直筋の血管支配は上腹壁動脈(superior epigastric artery:内胸動脈由来)下腹壁動脈(inferior epigastric artery:外腸骨動脈)から成ります。

腹直筋鞘血腫ではこの血管もしくは筋肉自体が障害されることで血腫が出来る疾患です。上腹壁動脈の破綻の場合は腹直筋鞘内にとどまるため血腫は比較的限局しますが、下腹壁動脈の破綻の場合は前述のように腹直筋鞘がない部分があるため、血腫が広がりやすい特徴があります。

1:基礎疾患・リスク

以下の情報はMedicine 2006;85:105(Mayo clinicでの腹直筋鞘血腫126例の検討・おそらく腹直筋鞘血腫のまとめとしては最大)に基づいてまとめます。

背景としては、抗凝固薬の使用が69%ありますが、抗血栓薬を全く使用していない場合もあるため注意が必要です。

原因としては、腹部外傷(手術と関係ない)が約半数(48%)と最も多く、咳嗽(29%)それに次いで多い原因として挙げられています。

2:症状

腹痛が84%と初発症状として最も多いです。急性腹症と間違えられる場合もあるため、腹痛が「消化管由来」か、「腹壁由来」かを問診と身体所見から見極めることが何よりも重要です。
腹壁由来らしい病歴は
・嘔気、嘔吐、食欲低下、下痢といった随伴症状を認めない
・食事により腹痛の変化なし
・排便により腹痛の変化なし
・間欠痛ではなく持続痛
・姿勢による腹痛の変化(腹筋を使用する際の疼痛増強)
などが挙げられます。

腹壁由来か消化管の問題かを調べる、身体所見としては、Carnett徴候が有名です。

患者さんが仰臥位で、検者が疼痛部位を圧迫した状態で腹筋に力がはいるように患者に頭を少し上げてもらいます(もしくは下肢を上げてもらう方法もあります)。疼痛が消化管由来の場合は腹筋に力がはいることで、検者の圧迫が弱まるため疼痛は減弱しますが、腹壁由来の場合は疼痛が不変~増強します(下図参照 Mayo Clin Proc. 2019;94(1):139 より引用)。

*腹壁痛(abdomina wall pain)の原因

本題と一旦外れますがまとめておきます(Am Fam Physician 2001;64:431)。

・鑑別

・前外側腹壁の神経支配

話を腹直筋鞘血腫に戻します。腹痛の次に多い症状・徴候としては腹部腫瘤が63%と挙げれらますが、血腫が腹腔側のfree spaceへ広がると体表上から必ずしもわからない場合もあります。腹直筋内に血腫が限局している場合は、腫瘤が片側に限局しており正中線を超えず、腹筋に力が入っていても腫瘤を触れることが特徴とされています( Fothergill徴候  なんて読むのでしょうか・・・)。

その他貧血55%から見つかる場合や、頻脈13%、血圧低下7.9%、発熱4%(よく血腫熱とききますね)といったvital signの異常から見つかる場合もあります。

出血源が体表上で分からない場合も
1:消化管出血
2:大動脈:大動脈瘤破裂、Aorto enteric fistula(AAA術後)
3:腹腔内臓器破裂:肝細胞癌破裂
4:筋肉内血腫:腹直筋血腫、腸腰筋血腫
5:婦人科系:子宮外妊娠、卵巣出血
6:骨折:大腿骨頸部骨折、骨盤骨折
これらの可能性を想起するようにして対応します。原因不明の貧血や血圧低下の鑑別としておさえておきたいです。

3:検査

CTが最も診断に有用です(83%の症例はCTで診断)。エコーやMRIも有用です。(以下図は Medicine 2006;85:105 より引用)

4:治療・予後

多くの場合保存的治療のみで改善します。

86%は保存的治療・輸血のみで軽快し、7.9%の症例で手術、IVRといった侵襲的処置を必要とされています。

以上腹直筋血腫に関してまとめました。稀な疾患1つ調べても腹壁の問題かどかを鑑別する方法や、その詳細な解剖など学ぶことが多いなと改めて感じました。参考になりますと幸いです。