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アンパンマンのマーチ

アンパンマンのマーチは誰もが聞いたことある曲だと思います。多くの場合2番が流れているのですが、1番を聴いたことがある方は少ないかもしれません。ご存じでしょうか?私は先日たまたま聴いたのですが、その歌詞にびっくりしました。

そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも
なんのために 生まれて
なにをして 生きるのか
こたえられないなんて
そんなのは いやだ!
今を生きる ことで
熱い こころ 燃える
だから 君は いくんだ
ほほえんで
そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも
ああ アンパンマン
やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため
作詞:やなせたかし 作曲:三木たかし

言葉の選び方と内容の重さがとても子供向けの歌詞とは思えません。「たとえ 胸の傷がいたんでも」というフレーズがいきなりでてきますがなぜなのでしょうか?

実はアンパンマンの生みの親「やなせたかし」さんは第二次世界大戦を経験されており、21歳のときに徴兵されて戦地に赴いています。そして戦地で最も苦しかったことは「飢え」であったと語っています。疲労は寝ればとれるけれど、空腹感は寝てもとれずにずっと苦しかったと。またやなせたかしさんの弟は海軍の特攻隊回天に志願して戦死されてしまった非常に辛い経験があります。

当初は「中国の人を解放して助ける」という正義を与えられて戦地に赴いたにも関わらず(もちろん当時はその情報を信じるしかありません)、敗戦後日本へ帰国すると「日本人が中国を侵略した」という当初聞いていた話と正義が逆転していることにやなせたかしさんは大きなショックを受けました。

では「逆転しない正義とは何か?」、それは弱い人を助けることと愛である、つまり正義は悪人を倒すことよりも、まず弱い者を助けることだとやなせたかしさんは言います。

逆転しない正義とは献身と愛だ。それも決して大げさなことではなく、眼の前で餓死しそうな人がいるとすれば、その人に一斤のパンを与えること。
「アンパンマンの遺書」

やなせたかしさんの戦地での飢えの経験、また誰かを倒し戦う正義ではなく、自らを犠牲にしてでも弱い人を助けることが正義であるという考えから、おなかが空いて弱っている人に自らを犠牲にしてでも食べ物を与える正義のヒーローを考えます。ここまで話すとお気づきの通り、これらやなせたかしさんの想いを結実したキャラクターとしてアンパンマンが生まれました。自分の顔をちぎって弱っている人にアンパンを分け与え助けるヒーローです。このアイデアは当時子供向けのキャラクターとしては一般的ではなく、業界では批判もあったそうです。ちなみにアンパンマンはやなせたかしさんが54歳のときに絵本として刊行され、アニメ化されたのは69歳のときです。

アンパンマンは、自分の顔をちぎって人に食べさせる。本人も傷つくんだけれど、それによって人を助ける。そういう捨て身、献身の心なくしては正義は行えない。
「わたしが正義について語るなら」

アンパンマンというと子供向けのポピュラーで人気な明るいキャラクターというくらいのイメージしか私もありませんでしたが、この歌を聴いて「えっなんでこんな歌詞なの?」と調べていくと、やなせたかしさんの人生や戦争体験、哲学に触れることができ、またこのことを踏まえてアンパンマンのマーチの歌詞を聴き直すと色々なメッセージや想いが詰まっていて感慨深いです。

最後に本の中で素敵な言葉があったので紹介します(太字は管理人)。

こうして二千三百異常のキャラクターを誕生させた。千七百六十八のキャラクターが登場した二千九年に、すでにギネスに登録された、文句なしの世界記録だ。
よく、「どれが一番好きですか?」と聞かれるけれど、どれも自分の子どものようで、みんなかわいく、みんな大事だ。
善玉、悪玉いろいろだが、共通していることがある。みんな手をしっかり握っていることだ。力や気合を入れようとするとき、ぼくらは自然に手を握る。ギュッと握ると、それまでなんとなく考えていたことも、しっかりとした決意に変わる。
悲しいときやつらいとき、涙がこぼれてきても、手のひらで拭くのでは、弱い心を追い出せない。しっかり手を握り、拳で涙を拭かなければダメだ。
やなせたかし「明日をひらく言葉」より

読んだ本:やなせたかし「何のために生まれてきたの?」、「明日をひらく言葉」