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肺塞栓症による腹痛

先日後輩の先生から腹痛を主訴とした肺塞栓症の症例を教えていただきました。自分はまだ経験したことがないのですが、果たしてきちんと鑑別できるのか?全く自身がなく既報を調べてみました。

なぜ肺塞栓症で腹痛を呈するのか?

胸膜炎や肺炎が季肋部痛、上腹部痛を呈することはよく知られています。これらは胸膜の炎症が機序として考えられています。肺塞栓症の場合は様々な機序が考えられています。
・肺塞栓症により右心負荷がかかり、肝臓うっ血や胆嚢腫大、腸管浮腫などが起こることで腹痛が生じる。
・肺梗塞により胸膜炎、横隔膜の刺激が起こり季肋部痛が生じる。
などが原因として考えられています。

腹痛を呈する肺塞栓症はどの程度あるか?

この結果は大変以外だったのですが、1180例の肺塞栓症患者の臨床的な特徴を検討した報告では上腹部痛を10.7%(202例)で認めたとされています(下図)。また原文は古すぎて読めていないですが、肺塞栓患者90例中11例(12.2%)で腹痛を認め、うち6例は主訴であったと報告されています(Ann Intern Med 1957;47:202–26.)。まとめると肺塞栓症のうち約10%程度が腹痛を呈することが分かり、個人的には予想よりもかなり多い印象です(皆様のご印象はいかがでしょうか???)。

またliterature review32例では、腹痛のみが症状であったものが20例(62.5%)あり、23例(71.9%)が当初誤診されていたとされています。肺下部、肺底部が25例(78.1%)で障害されており、26例(83.9%)では腹部の解剖部位としては上腹部痛を訴えていたと報告されています(Medicine 2019;98:44(e17791).)。

具体的な症例報告

49歳男性特記するべき既往歴なし、10日前からの右季肋部痛(その他の症状なし)を呈して受診。D-dimer 8.8mg/L, SpO2=92%。Medicine 2019;98:44(e17791)

いつ腹痛から肺塞栓症を疑うか?

これが実臨床では最も重要な点です。まとまった報告は少ないですが、やはり思ったよりも腹痛を呈する肺塞栓症が多いこと、また他の症状を伴わず腹痛のみを呈する場合もあることは臨床医が注意しないといけないと思います。腹痛の特徴としては既報のほとんどが上腹部痛、季肋部痛を呈していました。まとめると、以下の通りです。

腹痛の鑑別に「肺塞栓症」を入れる
・腹痛を呈する肺塞栓症は10%程度あり、腹痛のみの場合もあるため注意が必要。
腹痛部位としては「上腹部痛」・「季肋部痛」が多く、特に肺塞栓症と同側に生じる。

救急外来でも肺塞栓症は「胸痛」、「呼吸困難」が主訴の場合は鑑別に挙げますが、「腹痛」が主訴の場合はほとんど挙げないと思います。誤診されることも多いですが、lethalな疾患なのでまず「腹痛の鑑別として認識する」ことから始め、上腹部痛を呈しVTEリスクがある担癌患者やimmobilizationにある患者では閾値を下げて疑う必要があると思いました。

参考文献

・Medicine 2019;98:44(e17791). 腹痛を呈した肺塞栓症の症例報告と32例のliterature review。

・J Am Coll Cardiol 2011;57:700 肺塞栓症1180例の臨床的特徴をまとめた報告。