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POEMS症候群

病態

POEMS症候群(Polyneuropathy, Organomegaly, Endocrinopathy, M protein, Skin changes)は形質細胞腫を背景とした多臓器疾患で、VEGF(vascular endothelial growth factor)血管内皮増殖因子の過剰産生が関与しています(Crow-深瀬症候群)。VEGFは骨髄の形質細胞由来であることが指摘されています(Leuk Res 2016; 50:78–84.)。日本人の先生方が疾患概念の理解に大きく関与した疾患として有名です。病理(電子顕微鏡像)では”uncompacted myelin”を呈します。

脱髄性末梢神経障害の鑑別から同疾患を疑うケースが一般的には診断の入り口として多いと思います。

疫学

日本の2015年に行われた神経内科、血液内科での疫学調査167例のまとめから引用させていただきます(Neurology ® 2019;93:e975-e983)。発症年齢(中央値)54歳(21-84)、65歳以下84%、男性59%と報告されています。運動機能としては通常9%、自力歩行可能36%、介助で10m歩行可能25%、10m移動に車椅子が必要26%、ベッド臥床4%と報告されています。

臨床症状

■Polyneuropathy 100%

全例にみとめ、診断のための必須項目です。緩徐進行性の経過で感覚・運動どちらも障害され左右対称性・下肢遠位部から上行性に障害されます。CIDPでは通常BNB(blood nerve barrier:血液神経関門)が弱い神経終末部や神経根部が選択的に障害されやすいですが、POEMS症候群ではBNBがある神経幹部での障害が主体で、これはVEGFによりBNBが破綻し浮腫をきたすことが病態として考えられています。このためCIDPの部分的にアクセントのある障害ではなく、POEMS症候群は神経全体の障害となり、長さ依存性の障害をきたしやすいと考えられます。

神経症状のみから発症する場合も多く、この場合はやはりCIDPとの鑑別が難しい点があります。のちにCIDPとの違いとして説明しますが神経性疼痛を下肢・足に認める点がPOEMS症候群の特徴として挙げられます。

臓器腫大 76%

脾腫大59%、肝腫大45%、リンパ節腫大35%

内分泌障害 65%

性腺機能障害21%、副腎障害17%、プロラクチン血症8%、乳汁漏出14%、糖尿病13%、甲状腺機能低下症35%、副甲状腺機能亢進症4%などを認めます。

浮腫 81%

四肢の浮腫65%、胸水貯留49%、腹水貯留43%、心嚢液貯留22%などを認めます。

皮膚所見 84%

剛毛(男性ホルモン分泌によるものと推定)19%、色素沈着(全身に認める、メラニン沈着により褐色)68%、血管腫31%、四肢末端チアノーゼ、ばち指などが該当します。

以下に各症状の頻度をまとめさせていただきます。下図n=99の報告はMayo clinicからの報告でその他両側は日本からの報告です。

検査

■採血検査

免疫電気泳動λ型IgG, IgA 免疫電気泳動で検出できない場合は免疫固定法まで試みるべきです。基本的にIgG, IgAクラスまたλ型であり、抗MAG抗体関連ニューロパチーではM蛋白はIgMクラスであり異なる。

Mタンパク血症は病態との直接的な関係は不明です(POEMS症候群のMタンパクを神経内に注射しても末梢神経障害は起こらない)、MタンパクとVEGFはそれぞれ独立して産生されていることが想定されます。

これ以外に内分泌関連の採血検査を行います。

VEGF

161例の末梢神経障害(POEMS症候群4例、GBS13例、CIDP33例、MMN13例、抗MAG抗体関連ニューロパチー19例、その他のニューロパチー49例)とALS28例で血清VEGFを測定したところ、POEMS症候群患者で血清VEGFは著明に上昇していることがわかりました(Neurology. 2009 Mar 17;72(11):1024-6.より引用)。

29例のPOEMS症候群とその他の関連疾患(Castleman病9例、多発性骨髄腫9例、MGUS2例、アミロイドーシス4例、末梢神経障害29例、capillary leak syndrome2例、膠原病9例、その他12例)のVEGF値を比較した研究では、VEGF値はPOEMS症候群の鑑別に有用で、また病勢の評価にも有用であったと報告されています(Blood 2011; 118:4663–4666)。

VEGFの感度、特異度に関してはその他のneuropathyと比較してsVEGF>771 pg/mL感度100%,特異度91%sVEGF>1000 pg/mL感度100%, 特異度93%、他のparaprotenemiaを合併するneuropathyと比較してsVEGF>771 pg/mLで感度100%, 特異度92%、sVEGF>1000 pg/mLで感度100%, 特異度93%と報告されています(Neurol Neuroimmunol Neuroin fl amm 2018;5:e486. doi:10.1212/NXI.0000000000000486)。以下に具体的な値、患者背景を掲載します。

骨髄検査・生検:骨髄中形質細胞は2.4%認めるとされています。

■電気生理検査

神経伝導検査の特徴としては以下の点が挙げられます(POEMS症候群12例の神経伝導検査の解析Clinical Neurophysiology 116 (2005) 965–968)。脱髄性ニューロパチーの中で重要な位置づけにあります。

神経幹中間部に伝導速度遅延(神経遠位部よりも)
下肢に強い軸索変性
長さ依存性の障害
・Sural sparingがない(つまり神経終末部の障害らしさを示唆する所見はないということ)
・伝導ブロックを認めない
・刺激閾値が著明に上昇する

これらの特徴は症状のところでも解説しましたが、POEMS症候群ではBNB自体がVEGFにより障害されることで神経幹全体の障害となるため、長さ依存性の神経障害となることを反映してます(CIDPではBNBがもともと脆弱な神経終末部や神経根部での障害が主体となり、非長さ依存的となるのに比して)。抗MAG抗体関連ニューロパチーはIgMクラスで遠位潜時の著明な延長が特徴的ですが、これはIgMクラスの自己抗体は分子量が大きいため血液神経関門が欠落した神経終末部に病変が起こりやすい病態を反映していると考えられます。

*追記, 上肢は導出できるが、下肢のMCS, SCSが導出できない点が特徴と教わりました.

■POEMS症候群とCIDPの区別

両者の鑑別は特に初期には難しく、特に神経伝導速度検査ではPOEMS症候群の70%でCIDPの診断基準を満たすとされています。POEMS症候群51例とtypical CIDP46例を比較した研究を紹介します(J Neurol Neurosurg Psychiatry 2012;83:476 e 479)。51例中polyneuropathyが先行したのは25例(49%)、その他の臓器症状が先行したものは26例(51%)と報告されており、神経所見が先行したものは15例(60%)で当初CIDPと診断(誤診)されています。

臨床症状としてはPOEMS症候群の方がCIDPと比較した下腿萎縮が強く(52% vs 24%)、下肢の神経性疼痛の頻度が多く(76% vs 7%)、下肢筋力低下が著明(MMT 2 vs 4)とされています。POEMS症候群では下肢遠位の筋萎縮を伴う障害が主体であるのに対して、CIDPでは上下肢の遠位と近位がいずれも障害されること点が相違点として重要です。また神経性疼痛がPOEMS症候群で多いことも特徴的です。

神経伝導検査ではPOEMS症候群の方がCIDPと比較して正中神経の遠位潜時が短く(TLI:terminal latency indexが高い)、脛骨神経では導出できないことが多いとされています。か

MRI検査

POEMS症候群では造影頭部MRI検査で71%(=29/41人)において硬膜肥厚を認めた(無症候性)と報告されています(CIDP患者では0%)(Journal of Neurology (2019) 266:1067–1072)。また腕神経叢や腰神経叢部の肥厚を59%(=17/29人)に認めたとされています。前者の硬膜肥厚に関しては、VEGFによる浮腫を反映していると考察されており、CIDPとの鑑別に有用かもしれないとされています。またCIDPに特徴的とされていたMRIでの神経叢の肥厚はPOEMS症候群でも認めており、やはりCIDPに特異的な所見とは言えないことが示唆され注意が必要です。

FDG-PET

PET検査はPOEMS症候群の骨病変の検出、リンパ節腫大の評価に有用で、治療による病勢の評価にも使用できるのではないかと報告されています(J Nucl Med 2015; 56:1334–1337)。

■診断基準

日本の厚生労働省での難病申請での診断基準は下記の通りです。

大基準
・多発ニューロパチー(必須項目)
・血清VEGF上昇(1000 pg/mL以上)
・M蛋白(血清又は尿中M蛋白陽性 [免疫固定法により確認] )

小基準
・骨硬化性病変
・キャッスルマン病
・臓器腫大
・浮腫(または、胸水、腹水、心嚢水のいずれか)
・内分泌異常(副腎、甲状腺、下垂体、性腺、副甲状腺、膵臓機能のいずれか)
・皮膚異常(色素沈着、剛毛、血管腫、チアノーゼ、爪床蒼白)
・乳頭浮腫
・血小板増多
※ただし、甲状腺機能異常、膵臓機能異常については有病率が高いため単独の異常では小基準の1項目として採用しない。

Definite大基準を3項目とも満たしかつ小基準を1項目以上満たす者
Probable大基準のうち末梢神経障害(多発ニューロパチー)と血清VEGF
上昇を満たし、かつ小基準を1項目以上満たす者
Possible大基準のうち末梢神経障害(多発ニューロパチー)を満たし、
かつ小基準を2項目以上満たす者

治療

以下が治療方針となります。

・形質細胞腫が存在する場合:放射線療法
・形質細胞腫の存在が不明もしくは多発性骨病変:自己末梢血幹細胞移植ASCT(autologous stem cell transplant)、その他化学療法(サリドマイド療法、メルファラン療法など)

実際の治療と治療反応性に関して日本の疫学調査では以下の通りです。

ステロイド単独治療は推奨されいませんが、日本の疫学研究では24%がステロイド単独で治療されていました。

サリドマイド:日本からのRCTがあります(25例Lancet Neurol 2016; 15:1129–1137.)。

参考文献

・Curr Opin Neurol 2018, 31:551–558:POEMS症候群のreview