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舌下神経 hypoglossal nerve

発生と機能

いきなり衝撃的な事を書きます。舌下神経は12番目の脳神経と学生時代に解剖の授業で習いますが、発生学の教科書を読むと「舌下神経は頭蓋内に閉じ込められた脊髄神経である」(参考:ケント 脊椎動物の比較解剖学)と記載があり厳密には脳神経に分類されないことが書かれています。この根拠として発生学的に舌は鰓下筋であり、カエルやカメレオンの両生類や爬虫類は舌で獲物を捕らえる(手と同じ動きを担う)点で脊髄神経と相同であることが根拠とされています。人間ではたまたま起始する部位が大後頭孔より頭側であるため脳神経という扱いを受けてしまっているというのです。

舌下神経は純粋運動性で(感覚成分は含まない)、また脊髄神経と同様に対側支配になっています。

臨床像

舌下神経麻痺:挺舌をすると病側へ舌は偏移します。核下性障害で強く偏移します。
*下図自験例写真参照

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核上性の障害:舌下神経核は核上性線維は左右の両側性支配であるため,片側・核上性の障害では舌偏移は基本目立ちません。認める場合は核上性病変と「対側」に舌が偏移します。

文献:脳梗塞における舌偏移に関しての検討  Cerebrovasc Dis. 2000 Nov-Dec;10(6):462-5.
・脳梗塞症例の29%で舌偏移を認めた(コントロールの正常例は5%)
・舌偏移例は全例核上性顔面神経麻痺を合併していた。嚥下障害43%, 構音障害90%に合併。
・なぜ片側性核上性の障害で舌偏移が生じうるか?:核上性が両側性支配だとしても、神経支配が左右非対称であるためにdominantな側が障害されると偏移を生じる機序が考えられる。

舌の筋力低下チェックポイント
1:挺舌が歯列を超えるかどうか?
・歯列を超えるまでしっかりと挺舌できればOK
2:ほほを内側から舌で押す
・患者さんに舌でほほを内側から外側へ押してもらいます。これを検者が外側から押して舌の筋力を確認します。通常舌の力は強いので検者の力は負けます。しかし舌の筋力低下があると、外から簡単に押し返すことが出来ます。

舌萎縮:核下性の障害を示唆する所見として重要です。ただ舌が小さいというのは有意な所見ではなく(個人差あり)、萎縮することによって舌の表面がぼこぼこするようになることが特徴です。

*参考(重症筋無力症の舌所見):舌の表面は通常なめらかな曲線を描いているが、重症筋無力症ではこの部分に陥凹が出来て3本の陥凹が縦走するように見える場合がある(下図はJournal of Clinical Neuroscience 18 (2011) 1274–1275より引用)。 重症筋無力症の臨床像に関してはこちらを参照。

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舌のfasciculation:挺舌すると生理的にもある程度fasciculationを認める場合があるため、あえて挺舌させない状態でfasciculationがあるか?を観察します。

巨舌(macroglossia):(舌下神経とは直接関係ないですが・・・)甲状腺機能低下症やアミロイドーシス(下図はALアミロイドーシス例)、DMDでの舌の偽性肥大が有名な所見です。「舌が大きくなった」と患者さんが訴えることはなく、「舌を前よりも嚙んでしまうことが増えた」といった症状であったり、他覚的に舌に歯の痕が残りやすい点などが参考になります。これらは咬合不全の原因や口腔内衛生不良の原因となるため注意が必要です。

*ALS患者さんの気管切開人工呼吸管理・長期経過の方が巨舌を呈するということをコメントからご教授いただきました。小生は全く今まで気が付いておらず、大変勉強になりました。ここでは舌の病理や画像的な解析はされていませんが、慢性期のoverfeedingによる脂肪置換が機序として推定されています(33.8% 22/65例と報告 参考:Muscle Nerve 54: 386–390, 2016)。口腔内衛生環境などに影響を与えるため注意が必要です。

解剖・画像

舌下神経管:後頭骨後頭窩を後内側から前外側へ貫く孔(下図CT画像を参照)
→通る構造物:舌下神経・咽頭動脈(上行枝)・導出静脈
*特に腫瘍で同部位が障害されることによる舌下神経麻痺が臨床上は多いです(その他外傷もあり)。

舌下神経麻痺の原因

・腫瘍:原因として最多
・外傷
・脳卒中
・ヒステリー
・多発性硬化症
・術後
・ギランバレー症候群
・感染症
上記参照:Arch Neurol. 1996;53(6):561-566.(100例報告)

その他の報告
・AVF
・Chiari奇形

■meningiomaによるisolated hypoglossal nerve palsyの症例報告“Resident and Fellow Section” Neurology ® 2021;97:e1639-e1640. doi:10.1212/WNL.0000000000012232

*管理人のひと言
神経内科医は舌を脳神経の下位運動ニューロン障害の所見として重要視しています(特にALSの診断において)。しかし、個人的に気になる点が発生学的に必ずしも脳神経と言えず脊髄神経の一部であるとすると、本当に舌所見を脳神経所見に組み込んでよいのか?という点です。舌の針筋電図もいわずもがなであり、そもそもかなり侵襲度が高い検査であり、かつこれが脳神経を代表するものではないとすると意味がないかも・・・?