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急性脊髄硬膜外血腫 spinal epidural hematoma

0:どんな疾患か?

「なんでこんな稀な疾患を取り上げるの?」と思われるかもしれないですが、急性脊髄硬膜外血腫は疾患頻度としてはマレですが、脳梗塞と間違えられてしまう疾患の王様でとても重要な疾患であるため紹介させてください。学校で習う病気ではないですし、私も恥ずかしながら卒後4年目で初めてこの疾患を知りました。私も自分で初療対応した症例はいままで2例しかありませんが、いずれの症例も脳梗塞と間違えてしまいそうな症例でしたのでやはり注意が必要と思います。

この疾患の特徴をまとめると、
頸部痛から発症し、その後顔面を含まない片側上下肢麻痺へと進行する経過をとる。頸部痛→脊髄圧迫症状(しばしば片麻痺)→神経所見の変化(伸展 or 消退)というパターンから疑う。
多くの場合脳梗塞と間違われてしまい、しばしばrt-PA投与や抗血栓薬の投与がされてしまう。
といった点が挙げられます。

1:病態

脊髄硬膜外静脈叢の破綻によって(確定的な機序ではないが、静脈叢からの破綻という説が多い。硬膜外静脈叢は静脈弁を有していないため、静脈圧の上昇により破綻しやすいとされている。)、同部位に出来る血腫が脊髄を圧迫もしくは神経根部を圧迫することで神経所見が出現するとされています。(硬膜外静脈叢の解剖は下図参照)

血腫は片側に偏っている場合が多く、これは硬膜外静脈槽は脊柱管外側で発達しているため、左右どちらかの血管から出血していると考えられます。

部位としては頚髄~上部胸髄が多いとされています(C6が最も多い、下図参照)。このため頸部痛からの発症という点が重要です。 Surg Neurol 2008;69:253

発症年齢は10-20才台と60-70才台に多いです。

発症の原因は半数近くで分からず(特発性)、必ずしも活動時の発症とは限らず安静時の発症もありうるため、特別な外傷歴などなくても起こりうる点に注意が必要です。

2:症状

「突然発症の背部痛の先行」が何よりも重要な病歴であり、通常の脳梗塞では背部痛は起こらないので、背部痛の病歴があれば大動脈解離、急性脊髄硬膜外血腫、脊髄梗塞、また頸部であれば椎骨動脈解離を疑う姿勢が求められます。
この疼痛は後頸部から上肢に放散することもあり、これは血腫が神経根を圧迫することによる放散痛と解釈されます。頸部の回旋で疼痛が増悪するかどうかも確認しましょう。

脊髄の病気というとついつい左右どちらも障害されるイメージがあるかもしれませんが、血腫が片側から圧迫すれば脊髄の半分が障害されるパターンとなります(Brown Sequard syndrome)。このため片麻痺の症状をとりうるため、脳梗塞と間違われやすいです。しかし、脳神経症状は出現しないため、顔面を含まない上下肢のみの片麻痺はつねに脊髄圧迫病変の可能性を考慮することが重要です。

余談ですが、学生のころはBrown Sequard 症候群という名前は知っていましたが本当に脊髄が半分だけそんなきれいに障害されることがあるのか?と疑っておりましたが、実臨床ではよく経験します。最終的には脊髄左右いずれも障害される場合も、その前段階に経過で脊髄の半分が障害される場合が多い印象です。

またまた話しは少しそれますが、脊髄障害かどうか病的反射や深部腱反射を使わずに神経非専門医が対応する一番簡便かつ重要な点は、感覚障害にレベルがあるかどうか?温痛覚障害と麻痺側が左右逆になっているか?の2点です。

後者に関して、簡単に脊髄の解剖をおさらいすると、温痛覚を伝える経路は同一脊髄レベルで対側へ交叉してから脊髄内を上行しますが、運動を伝える錐体路は延髄で既に交叉しているため、脊髄内での障害側と運動障害側は同側になります。このため脊髄が半側障害されると運動障害と温痛覚障害の側が左右逆になります。

これは基本的に大脳レベルや末梢神経レベルでは説明できないため、脊髄障害に特異的な所見です。普段温痛覚の診察は日の目をみないことが多いかもしれません(手足をささっと触って「左右で同じですかー?」で終わってしまうことが多いかも・・・?)が、脊髄障害を疑う場合は積極的に診察していきたいです。

話しを戻して、急性脊髄硬膜外血腫の特徴としてもう一つ重要な点は、神経所見が変化する(伸展もしくは消退する)という点です。
神経所見が伸展する場合は、硬膜外血腫が上下方向に伸展することで、脊髄圧迫部位が変化することと対応しています(感覚障害のレベルが上行してくるなど)。
逆に神経所見が消退する場合もあります。神経所見が一過的に出現して、そのあと一度改善する場合もありこれはTIAと間違われてしまう場合があり注意が必要です。この機序としては血腫が上下方向にびろーっ薄く伸び広がることで、脊髄への圧迫が解除されることが想定されています。

再度に脊髄硬膜外血腫の典型的な経過をまとめました。

3:診断

上記の病歴、神経所見で疑ってからは画像具体的にはMRIで診断します。初療の段階で頭部MRIを取り終わってから、「あれっ何も映っていないな・・・、もしかして頚髄・・?」となると、診断に時間がかかってしまいますし、多くの施設で夜間に「じゃあもう一回頚髄MRIを撮影お願いします・・・」となると救急外来の放射線部門への負担がかなり大きくなってしまうため出来るだけ避けたいです。今までのポイントから脊髄の病態だと疑うことが出来るかどうかがカギになります。

MRIのSequenceですが、施設により、また時間帯によりどの撮影法が可能か違うと思われるため参考までに下記に記載します。
・T2WI:内部高信号で周囲が低信号
・T1WI:等信号
・DWI:本疾患に有用なわけではないですが、脊髄梗塞が鑑別となる場合は積極的に使用するべきと思います(硬膜外膿瘍に対しても有用です)
・T2*WI:出血性成分をとらえるのに有用
・T1造影:硬膜外膿瘍、腫瘍硬膜外転移との鑑別に有用であるが、夜間救急で必ず撮影しないといけないかどうかは難しいです

以下に具体例を載せます(臨床神経 2014;54:395より)

硬膜外の腫瘤性病変として特に鑑別になるのは、悪性腫瘍の硬膜外転移硬膜外膿瘍です。硬膜外血腫との鑑別点としては、腫瘍転移と膿瘍はいずれも周囲の椎体に信号変化を認める場合が多いが、血腫では認めない点が挙げられます。

4:治療

いわずもがなですが、抗血栓薬は禁忌です。脳梗塞と間違えて抗血栓薬を投与されてしまう場合、rt-PAが投与されてしまう場合の症例報告は多数あり注意したいです。

治療は保存的加療で自然と血腫が吸収されて改善する場合もありますが、基本的には外科手術の相談を緊急で行います。