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腸腰筋膿瘍 iliopsoas abscess

1:解剖

腸腰筋(iliopsoas muscle)は大腰筋(psoas major)と腸骨筋(iliac muscle)の合わせたもので、椎体(胸椎12~腰椎5)に起始し、大腿骨小転子に停止します。機能としては股関節を屈曲させる働きをしています。同部位に膿瘍を作るのが腸腰筋膿瘍です(下図はPostgrad Med J 2004;80:459より引用)。

腸腰筋の周囲には骨、尿路、消化管、血管などが存在するため、周囲の臓器から直接感染が波及する場合もあれば、血流感染として遠隔的に腸腰筋に膿瘍を形成する場合もあります。腸腰筋は血流が豊富なため、血流感染で膿瘍を形成しやすいのではないかと指摘されています。

2:原発性・続発性

以下は124例まとめから引用 Medicine 2009;88: 120-130

1:原発性 21.8%

2:続発性 78.2%

原発性のものもありますが、周囲から直接波及して膿瘍を形成する続発性の方が多いです。臓器別に続発性の原因を分類すると以下の通りになります。化膿性脊椎炎、脊髄硬膜外膿瘍、腸腰筋膿瘍、腎盂腎炎は互いに合併し合うことが多いので認識しておくことが必要です。

原因を円グラフで表現すると下の様になります。

3:原因菌

原発性:S.aureusが最多、続発性:E.coliが最多の原因菌とされています。かつては結核によるものが多かったようですが、現在は減少傾向にあります(疑う場合はきちんと抗酸菌培養を提出することが重要です)。

原因別では骨由来も35.2%がS.aureusが最多、尿路感染症と消化管由来はE.coliがそれぞれ61.5%, 42.1%と最多とされています。複数菌種による混合感染は21.5%に認めるとされ、消化管由来の原因が多いです。以下にまとめます。

菌の同定には膿瘍のCTガイド下生検などの方法があります。菌種同定は75%で可能であったとされ、膿培養によるものが74.3%、血液培養によるものが31.5%と報告されています。

4:症状

腹痛 or 下肢痛:91.1%, 発熱:75%, 脱力:46.8%、食欲低下:42.7%, 体重減少:37.1%, 倦怠感:26.6%とどれも非特異的な症状が多いです。腰痛・発熱の鑑別に必ず入れておくべきと思います。

腸腰筋は股関節を屈曲させる働きをするため、受動的に股関節を伸展させる動きで疼痛が増悪することが特徴(Psoas sign)です(下右図)。このため、患者さんはストレッチャーの上で股関節を屈曲させた状態で横になっている場合があり、特徴的な所見です。また腸腰筋のMMTをとるようにしても腸腰筋が収縮することで疼痛が増悪します(下左図)。腸腰筋膿瘍と急性虫垂炎の診断で重要な身体所見です。(下図は BMJ Case Rep. 2010;2010:bcr11.2009.2446.より引用)

症状出現から診断までの中央値:22日(6週以内:67.7%, 6週以上:32.3%)と報告されています。なかなか診断まで時間がかかることが多いようです。

部位は右57%, 左40%, 両側3%と報告されています(小児の142例 J spinal disord 2000;13:73)。

合併症としては水腎症(クローン病由来での腸腰筋膿瘍による尿管圧迫)、深部静脈血栓症(膿瘍による大腿静脈圧迫)などが症例報告レベルで報告されています。

5:検査・診断

診断は造影CT検査で確定する場合が多いです。発症早期には造影CTでも検出できない場合があるため注意が必要です。特に発症5日以内では感度が十分ではないという報告もあります。

単純CT検査でも左右の腸腰筋の大きさの差から疑うことができる場合もあります(昨年度研修医2年目の優秀な先生が単純CT検査から腸腰筋膿瘍を疑ってきちんと診断していて、さすがでした)。普段から腸腰筋をCTで確認する習慣をつけるべきと思います。

また最近は筋骨格系や腹腔内の膿瘍検出に関してMRIのDWIが有用であると報告されています(上図のMRIはDWIを含んでいない検査なので感度が不十分)。このため、MRIへのアクセスが良い施設ではMRIのDWIで判断をする方法もあるかもしれません(昔私が作ったスライドを載せます)。

6:治療

抗菌薬+ドレナージが治療基本ですが、膿瘍の大きさが小さい場合は抗菌薬治療でも十分かもしれないと報告されています(International Journal of Surgery 10 (2012) 466e469)。しかし、ドレナージは大きさが何cm以上なら実施するべきか?といった明確な基準はまだありません。

こちらの報告(Arch Surg. 2009;144(10):946-949)では3.5cm以下の膿瘍であれば抗菌薬治療のみで反応が良好であったとしていますが、膿瘍の大きさと治療成功・失敗の相関関係は指摘できなかったとされています。

抗菌薬選択に関してはきちんとしたレジメンを提案しているreviewは少ないですが、菌種同定前は最も原因としてS.aureusのカバーをするべきと多くのreviewでは報告されています。Up to date(2020/6/1閲覧)では、黄色ブドウ球菌カバー(例:MRSAも考慮しバンコマイシン) + 腸内細菌+嫌気性菌カバー(例:アンピシリン・スルバクタム、第3世代セフェム+メトロニダゾール、キノロン+メトロニダゾール)を推奨しています。もちろん菌種が同定されたら、抗菌薬をde-escalationすることが重要です。

治療期間の設定は決まったものはないですが、膿瘍を画像でフォローしていきながら消えるまで治療を完遂することが基本です。

以上腸腰筋膿瘍に関してまとめました。遭遇頻度も多い疾患と思います。参考文献は今回は全て本文中に記載させていただきました。