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咀嚼障害から発症するMG

重症筋無力症は15%程度で嚥下障害、構音障害、また咀嚼障害を認めます。今回はその中でも咀嚼障害がテーマです。一口噛むごとに、だんだんと咀嚼する力が弱くなっていくことが特徴的な病歴です。食事の際、「手で顎を下から上に押し上げるように支えて咀嚼する」、あるいは「首を曲げて上顎を下方に回転させるようにして閉口する」といった特徴的な代償動作を認める場合もあります。
→巨細胞性動脈炎の顎跛行との鑑別が重要 疼痛を伴わない点が重要

閉口障害・開口障害の違い

“JAW MUSCLE WEAKNESS: A DIFFERENTIAL INDICATOR OF NEUROMUSCULAR WEAKNESS—PRELIMINARY OBSERVATIONS” Muscle Nerve 43: 807–811, 2011
・神経筋疾患(GBS, 筋炎、重症筋無力症、低カリウム性周期性四肢麻痺)計46名の顎筋力低下のパターンによる特徴の検討
・重症筋無力症:閉口障害が主体(閉口障害はGBS、筋炎などには全く認めず)
・閉口障害の原因:重症筋無力症、開口障害の原因:筋炎、周期性四肢麻痺(MGはなし)
*ギラン・バレー症候群では顎筋力は障害されない

「閉口力は弱くなるが、開口力は比較的強く保たれている」というアンバランスなパターンこそが、重症筋無力症(MG)にきわめて典型的である
原文 “Weakness of jaw opening due to pterygoid muscle weakness, on the other hand, is rarely seen in MG even with relatively severe weakness of the masseter muscles. This pattern of weak jaw closure and relatively strong jaw opening is quite typical of MG.”
Continuum Lifelong Learning Neurol 2009;15(1):13–34.

咀嚼障害から発症したMGの症例報告

いずれの症例も歯科を当初受診していた点が興味深い
高齢者の場合「入れ歯があわない」、若年では「顎関節症」などと誤診されて診断治療が遅れることがある
→歯科医目線からは義歯調整や顎関節症治療で説明がつかない進行性の咀嚼困難、特に「噛み続けるとだるくなるが、痛みは一切ない」と訴える患者では重症筋無力症の可能性を考慮すべき

項目症例1 78歳男性症例2 80歳女性書例3 38歳女性
文献・報告元Khan と Bennett(2014年 / 米国)Saito と Yamaguchi(2014年 / 日本)Sasakura et al.(日本)
初発・主な症状数ヶ月におよぶ咀嚼困難(顎を完全に閉じられない)夕食時の咀嚼困難(顎のだるさ、閉口不能)、水の飲みにくさ生の貝を食べている最中の咀嚼困難、軽度の眼瞼下垂
受診時の特徴的所見・手で下顎を押し上げて閉口する・咬筋の萎縮あり・右手で箸、左手で下顎を支えて咀嚼する(常に指2本分開口)・咀嚼を繰り返すことで咬合力が著しく低下する(79 N → 61 N)・顔面筋の易疲労性
診断遅延の経緯義歯の不適合を疑い複数の歯科医院を受診。転倒・呼吸不全で救急搬送されるまで未診断。歯科大学病院で**「義歯の不適合」とされ、義歯調整を受ける**も改善せず。地元の歯科医院で**「顎関節症(TMD)」と誤診され、マウスピース治療を2ヶ月受ける**も悪化。
主な検査結果・抗AChR抗体:陽性・筋電図(EMG)異常あり・抗AChR抗体:47.4 nmol/L(高値)・テンシロンテスト陽性(咬合力が1.2 Nから45.8 Nへ劇的に上昇)・抗AChR抗体:11 nmol/L(高値)・胸腺腫(約3×3 cm)の発見
治療および経過免疫グロブリン静注療法(IVIG)、プレドニゾン。嚥下・構音障害は完全に改善し、食事摂取可能に。ピリドスチグミン内服。クリーゼ発症後に胸腺摘出術とステロイドパルス。術後、咬合力は247.2 Nまで劇的改善。プレドニゾロン、胸腺摘出術。治療後、抗体値は低下し、咬合力は851 N(健康成人レベル)まで完全回復。

症例報告文献

Saito M, Yamaguchi M. A case of myasthenia gravis with masticatory dysfunction in an elderly patient. Jpn J Oral Maxillofac Surg 2014;60:12-6.

Khan KA, Bennett JD. Undiagnosed myasthenia gravis owing to a very unusual primary presentation. Oral Surg Oral Med Oral Pathol Oral Radiol. 2014 Oct;118(4):e101-4. doi: 10.1016/j.oooo.2014.02.027. Epub 2014 Mar 12. PMID: 24736109.

Sasakura Y, Kumasaka S, Takahashi T, Shindo J. Myasthenia gravis associated with reduced masticatory function. Int J Oral Maxillofac Surg. 2000 Oct;29(5):381-3. PMID: 11071245.

客観的咀嚼力の評価

ここが実臨床で最も悩んだところです

ベッドサイドの評価

閉口筋テスト(持続負荷による易疲労性の誘発): 患者に奥歯を強く噛み合わせてもらい、医師が患者の顎(あご)に下向きの圧力をかけ、その噛み合わせを引き離そうとします。このとき、一瞬だけ強い力をかけるのではなく、**「中等度の下向き圧力を30秒間持続してかける」**ことが最善です。持続的な負荷によってMG特有の神経伝達の疲労を引き出し、徐々に顎が耐えられなくなる現象を確認します。

舌圧子を用いた閉口テスト: ガーゼで覆った舌圧子(スパチュラ)を患者に奥歯で強く噛み締めさせ、医師が手前に引っ張ります。患者がどれだけ抵抗して噛み締めていられるかで評価します。

開口筋テスト: 患者に口を開けてもらい、医師が顎の下から上に向けて抵抗(圧)をかけ、それに抗して開口を維持できるかを評価します。

定量評価

「デンタルプレスケール」(咬合圧・咬合力を測定する特殊な加圧シートとコンピューター解析システム)*ネットで調べたが歯科医用でかなり高額であるため現実的ではない

電気生理評価

・調べた限り体表上からのNCSは困難、またRNSTも実施は難しい
・頬粘膜側から刺激して調べる報告や針電極を刺して調べる方法もあるが現実的ではない

RNSTの方法
Rubin et al. – 2004 – Trigeminal nerve repetitive stimulation in myasthenia gravis.

電極の配置
刺激電極:耳珠の前方約1cm、頬骨弓の直下で容易に触れることができる「下顎切痕(mandibular notch)」に、先端だけ露出した針電極(テフロンコーティングの先端3mmを削ったもの)を0.5〜1.0 cm挿入し、三叉神経咬筋枝を刺激
陽極(アノード):同側の頬骨突起上に配置
記録電極:ディスコ電極を用い、活性電極(G1)を「下顎角と頬骨弓の間の約3分の1」の咬筋上に、基準電極(G2)を下顎角上に配置します(アース電極は首に配置)
安全と誤差防止の工夫:刺激時の衝撃から歯を守るため、上下の歯の間にガーゼパッドを挟ませる
顎の動きによる記録のズレ(運動アーチファクト)を防ぐため、検査中は患者の顎を手で他動的に閉じた状態に保持