私はこれまで経験がないのですが、そうなのかもしれない(確定していない)症例があったため検討します。
疫学
IBDの神経合併症 0.25%-47.5%
末梢神経障害の頻度:13.4%, 8.8%など報告により差がある
長期の人口ベース追跡研究では、30年累積罹患率は2.4%とされ、通常はIBDの診断からかなり年数を経た非活動期(寛解期)に遅発性に発症しやすい
“Peripheral neuropathy incidence in inflammatory bowel disease A population-based study” Neurologyâ 2013;80:1693–1697
・対象:940年から2004年の間にミネソタ州オルムステッド郡で新たにIBDと診断された成人患者 772名
・12,476人年の追跡期間中、末梢神経障害を発症したのはわずか9名(女性5名、男性4名:UC 6名、CD 3名、計12エピソード) 30年で2.4%(既報よりもかなり低い)
・累積罹患率(カプラン・マイヤー推計):IBD診断後 30年:2.4%(95% CI: 0.6%–4.6%) IBD診断後 10年:0.7%(95% CI: 0.0%–1.3%)IBD診断後 20年:0.7%(95% CI: 0.0%–1.5%)
・遅発性の発症:末梢神経障害はIBD発症から1〜44年(中央値 17.5年)という非常に長い期間を経て、病気が後期に進んでから発症する傾向が強い
・腸管の活動度との乖離(不一致):神経障害の発症時に消化器症状(腸管病変)が活動期だったのはわずか2名のみ。情報を得られた8名のうち、6名(75%)は腸管の病変が「非活動期(寛解期)」に神経障害を発症。これは、腸の炎症と神経の障害が必ずしも同時にフレア(悪化)するわけではないことを明確に示している。
“Peripheral neuropathy in patients with inflammatory bowel disease” Brain (2005), 128, 867–879
・IBD33例(CD18例、UC15例)の後ろ向き検討
・男性が極めて多い CD78%, UC 73% 一方で脱髄性ニューロパチー(CIDP/MMN)のグループに限ると女性の比率が高くなる傾向(CD脱髄群の40%、UC脱髄群の50%が女性)
・発症年齢いずれも50歳代(CD:51.7±2.6歳、UC:53.3±3.6歳)
・大繊維の感覚運動軸索性多発神経障害の患者(平均57.8歳)は、小繊維神経障害や大繊維感覚軸索性神経障害の患者(平均48.7歳)と比較して統計的に有意に高齢
・BDの診断から神経障害が顕在化するまでの期間は、CD(平均11.8年)の方がUC(平均26.3年)よりも有意に短い(神経障害がより早期に出現する)
・分類①脱髄 30% MMN, CIDP ②軸索障害 運動感覚 40%、③SFN
・ビタミンB12欠乏者にビタミンB12補充治療をしても神経障害は進行した、メトロニダゾール中止後も進行した→これらよりIBDに関連する一次的な免疫介在性機序が主たる病態として存在することが示唆
・治療反応性:免疫治療実施61%
十分な治療コースを完了した患者における全体的な改善率:CD患者:38%が著明な改善(major)、38%が中等度の改善(moderate)、13%が軽度の改善(mild)を示し、無効は13% UC患者:11%が著明な改善、56%が中等度の改善、33%が軽度の改善
脱髄性ニューロパチー(CIDP/MMN)の高い反応性:CIDPまたはMMNを合併し、治療を完了できたすべての患者において、「中等度」または「著明」な臨床的改善
軸索型(非脱髄性)ニューロパチーにおける反応性:電気生理学的に脱髄所見を伴わない軸索型多発神経障害や小繊維神経障害の患者であっても、IVIgやステロイドを投与した一部の症例において、疼痛の有意な軽減、歩行の改善、神経学的検査所見の好転といった良好な治療効果(中等度から軽度の改善)が確認
発症病態・原因
1:1次性ニューロパチー(2次性の原因を全て除外)
内訳:脱髄性約30%, 軸索障害 運動感覚約40%, 感覚性約30%
急性脱髄性多発ニューロパチー:ギラン・バレー症候群(GBS)
慢性脱髄性多発ニューロパチー:慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー(CIDP)、多巣性運動ニューロパチー(MMN)
軸索性多発神経障害:遠位対称性感覚性大繊維多発神経障害(ALFSN)、遠位対称性感覚運動性大繊維多発神経障害(ALFSMN)、小繊維神経障害(SFN)
局所・多発性病変:一過性免疫性神経叢神経障害(MIRPN)、多巣性単神経炎(Mononeuritis multiplex)
その他:自律神経障害(Autonomic neuropathy)
病態:IBD自体の病態生理を駆動している自己免疫(腸管と末梢神経系における共通の免疫標的)の異常に基づく
1共通する免疫応答:
・IBDが腸内細菌叢に対する異常な自己免疫応答により生じるのと同様に、活性化したCD4+ T細胞や、IL-17といった炎症性サイトカインの上昇が、末梢神経の脱髄や軸索障害に直接関与していると考えられている
・GBSやCIDPなどの脱髄性ニューロパチーで見られる伝導ブロックは、循環性の液性因子や抗体、および自己反応性B細胞・形質細胞によるミエリン攻撃が本質的な役割を果たしている
2軸索障害と免疫:
・一次性の軸索性多発神経障害の詳しい病理は依然として不明な点が多いものの、血漿交換や免疫調節療法によって軸索型の患者も臨床的な改善を示すことから、その背景にも不適当な免疫調節機能不全が関わっていることが強く支持されている
2:栄養・微量元素の欠乏(原病による) ビタミンB12/B1欠乏、葉酸欠乏(葉酸の補充を開始する前に、必ずビタミンB12レベルを評価し、B12補充を完了、または併行する)、ビタミンE欠乏(進行性の感覚軸索障害)、銅欠乏(臨床像からビタミンB12欠乏症と区別が困難)
3:薬剤性
・メトロニダゾール:長期にわたる使用で発症しやすく、特に1日1.5g以上の用量を30日を超えて累積投与でリスクが顕著に増加、純粋な感覚障害、極めて重症例でのみ運動障害を合併する、可逆性であるが時間がかかる
・サリドマイド:約20%の患者に臨床的な神経障害が発症、毛細血管の損傷、局所的な神経虚血、またはTNF-α阻害に伴う神経細胞死の促進が関与、一部で不可逆性になるため注意
・シクロスポリン:軽微で一過性のことが多い
・抗TNFαモノクローナル抗体(インフリキシマブ、アダリムマブ):下記の通り
“Peripheral neuropathies associated with anti‐tnf‐α treatments: a systematic review and proposed recommendations” Journal of Neurology (2025) 272:432
・101例の抗TNFαモノクローナル抗体関連NeuropathyのSystematic review(既報では最大)
・原因薬剤:インフリキシマブ(Infliximab)が63.4%(64例)と最も多く、次いでアダリムマブ(Adalimumab)が20.8%(21例)、エタネルセプト(Etanercept)が14.9%(15例)
・発症までの期間:中央値6か月(四分位数範囲 3-14か月)、全体の90%が治療開始から24.6か月以内に発症
・障害パターン:運動障害が目立つ特徴 運動感覚 55.4%, 純粋運動 29.7%, 純粋感覚 14.9%
・神経伝導検査:脱髄は全体の80% 伝導ブロック 41%, 脱髄(ブロックなし) 39% *軸索障害は12%と少ない
・治療方針:原因薬剤中止+免疫治療(73.2%で実施)
・再投与:46%(6/13例)で再発
・予後:完全回復39.6% 神経後遺症 49.5% *31.7%はCIDPの長期免疫治療を必要とする病型へ移行
・病態生理の推察:自己抗体産生(自己反応性T細胞や抗ガングリオシド抗体)、ランヴィエ絞輪の障害、虚血性神経障害、TNFR1/T2受容体の不均衡
参考文献:”Peripheral neuropathy: An underreported neurologic manifestation of inflammatory bowel disease” European Journal of Internal Medicine 26 (2015) 468–475
臨床像
“Clinical and Electrodiagnostic Findings in Patients with Peripheral Neuropathy and Inflammatory Bowel Disease” Inflamm Bowel Dis 2015;21:2123–2129
121例IBD患者(CD51例+UC70例)の前向き検討
末梢神経障害:small fiber neuropathy 12.4%, large fiber neuropathy 19.8% *対照群として胃炎・消化不良患者をおいている
small fiber neuropathy: 重度の自律神経障害合併例は報告なし
large fiber neuropathy: CD患者の中には、急性進行性の経過をたどり、下肢の脱力と運動失調から対麻痺に至った例(CIDP診断基準を満たしステロイドで改善)や、サリドマイドによる副作用と相まって四肢麻痺や脳神経麻痺(ギラン・バレー症候群様)を呈した極めて重篤な運動障害の例が報告
| 特徴項目 | クローン病(CD)患者の末梢神経障害 | 潰瘍性大腸炎(UC)患者の末梢神経障害 |
|---|---|---|
| 患者年齢と発症 | 高齢で発症しやすく、CD自体の発症年齢も高齢である傾向 | CD患者に比べて若年で発症する傾向 |
| 重症度 | 重症化しやすい | 一般に軽症で、緩徐に進行 |
| 主な障害パターン | 遠位部の筋肉萎縮や筋力低下を伴う、顕著な運動障害が多く見られる。 | 主に感覚障害が主体であり、遠位対称性の軸索感覚運動多発神経障害が多くを占めます。 |
| 単神経障害の合併 | 比較的少ない | 手根管症候群などの単神経障害を高頻度で合併 |
| 他の合併因子 | 栄養欠乏、糖尿病、特定の治療薬(サリドマイド等)などの代謝性・外部的合併症が多い | 大多数において、IBD以外の明確な病因や寄与因子が特定されない |
治療
A:2次性の除外
B:免疫治療 経口・静脈内ステロイド、静脈内免疫グロブリン(IVIG)、または血漿交換
全体の参考文献
Journal of the Neurological Sciences 424 (2021) 117426