多発性硬化症の周術期管理に関するガイドラインは現時点ではありません。日本のガイドライン”多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン 2023”でも周術期に関しての記載はないです。
以下のreview文献が最も最新かつ包括的な内容なのでその記載をまとめます。すごくよくまとまっているので、若手Neurologistは自身のMS患者が何かしらの手術になる場合やコンサルテーションを受ける場合、一度事前に本文献に目を通しておくのが良いと思います。
Dubuisson N, de Maere d’Aertrijcke O, Marta M, Gnanapavan S, Turner B, Baker D, Schmierer K, Giovannoni G, Verma V, Docquier MA. Anaesthetic management of people with multiple sclerosis. Mult Scler Relat Disord. 2023 Dec;80:105045. doi: 10.1016/j.msard.2023.105045. Epub 2023 Oct 11. PMID: 37866022.
項目 | 解説 | |
多発性硬化症再燃頻度 | 2% | |
手術による再燃リスクの上昇 | 確立していない *近年増加しないと報告 | |
リスク因子 | 原疾患 | コントロール不良 |
術式 | 関係なし | |
麻酔方法・薬 | 関係なし・脊椎麻酔実施可能(局所麻酔薬は最小限) | |
周術期管理 注意点 | 手術前 | DMT中止しないで継続する |
手術中 | 特記なし | |
手術後 | 発熱,高体温は神経症状悪化のリスクあり注意 |
DMT(disease modifying therapy)は術前に中止すべきか/継続すべきか?
中止するべきではない(中止によるMS再燃の懸念があるため)
薬剤ごとの周術期注意点
・IFN:トラマドール併用はSeizure増加の可能性あり Gardner, J.S., Blough, D., Drinkard, C.R., Shatin, D., Anderson, G., Graham, D., Alderfer, R., 2000. Tramadol and seizures: a surveillance study in a managed care population. Pharmacotherapy 20, 1423–1431.
・GA:併用注意報告なし
・DMF:併用注意報告なし
・フィンゴリモド:抗不整脈薬(ClassⅠa, Ⅲ)併用禁忌
・オファツムマブ:併用注意報告なし
周術期麻酔管理に関して
・麻酔の方法により術後MS再燃は変化しない
・いずれの麻酔方法も安全に実施可能と考えられる
・吸入麻酔、静脈麻酔いずれが望ましいかに関しても推奨なし
・鎮痛管理のオピオイドはMSの病態に悪影響を与えないと考えられている
全身麻酔は安全に実施可能か?
安全に実施可能と考えられる
脊椎麻酔、硬膜外麻酔は実施可能か?
禁忌には該当しない(=実施可能)→局所麻酔薬は必要最小限にするべきである
・中枢神経疾患であり脊椎麻酔により麻酔薬の影響が直接中枢神経に生じる懸念が「理論的には」想定されるが、脊椎麻酔によるMS再燃の報告はない
手術後にMS再燃は増加するのか?
増加するか、増加しないか確立していない(inconclusive)
・最も新しい報告では「増加しない」と報告 281例のMS患者において手術前と手術後で再発率に有意差なし(患者背景281例 609手術 12回の再発=2%, pre ARR 7.1%⇒ post ARR 5.5% *DMT使用なしが半数程度いる点に注意) De Lott, L.B., Zerafa, S., Shedden, K., Dunietz, G.L., Earley, M., Segal, B.M., Braley, T.J., 2020. Multiple sclerosis relapse risk in the postoperative period: effects of invasive surgery and anesthesia. Mult. Scler. 26, 1437–1440.
術後管理の注意点は何か?
・感染症、深部静脈血栓症、創傷治癒改善遅延に注意
・発熱/高体温により神経症状悪化の懸念がある(アセトアミノフェン1gを術後ルーチンで投与することを推奨している文献が1つある Sethi, S., Kapil, S., 2014. Anesthetic management of a patient with multiple sclerosis undergoing cesarean section with low dose epidural bupivacaine. Saudi J. Anaesth. 8, 402. )
管理人のひとこと
・まだまだ確立しているところは少ないですが少なくともこれだけは絶対にだめ、絶対にしないといけないという点はなさそうです。
・結局は術前のMSのコントロール状況が重要なのだと「おそらく」思いますが、MSのDMTはここ数年で激変しておりearly High efficacy therapyが主流になり、またオファツムマブの登場により神経学的機能予後がかなり改善してきています。このためより一層MSならではのトラブルというものは減ってくるのかもしれません。
・ありきたりな話になりますが、すくなくとも手術の有無にかかわらずきちんとコントロールをして、必要なときに必要な手術に遅滞なくつなげることができることが何より重要と思います。