働き方に関するアンケート(過去)
日本神経学会が調査された脳神経内科医の働き方、burnoutに関してのアンケートが2021年の臨床神経に発表されました(臨床神経 2021;00:000.)。結果の一部をまとめさせていただくとと以下の様になります(太字は管理人)。
日本1,261名(回答率 15%) 臨床神経 2021;00:000.
・年齢45歳,男性71.8%, 労働55.1時間/週
・日本版Burnout尺度
①情緒的消耗感: 2.86/5点
②脱人格化: 2.21/5点
③個人的達成感の低下: 3.17/5点
・再び医師になることを選ぶ: 50.4%
・再び脳神経内科になることを選ぶ: 51.1%
・仕事に満足している: 46.2%
・個人/家庭生活の充分な時間がある: 20.2%
ちなみに海外の脳神経内科医に対する”Burnout”に関するアンケート結果は以下の通りです。
■中国5,590名(回答60.7%) Neurology 2017;88:1727.
Burnout 53.2%
医師になったことを後悔: 58.1%
子供に医師になってほしくない: 71.5%
自分の時間が充分とれない: 78.5%
■米国 1,671名(回答40.5%) Neurology 2017;88:797
・労働 55.7時間/週
・再び医師になりたい: 61.3%
・脳神経内科医にまたなりたい: 67.2%
・現在の仕事に満足している: 67.0%
これらの結果からは脳神経内科医はかなり疲弊していることがうかがい知れます。
若手を主体とした脳神経内科医の働き方アンケート(管理人実施)
管理人のLINEグループで2024年6月25日~7月1日の1週間、働き方に関するアンケート(Google formsで管理人が作成したもの)を実施し、計105名の脳神経内科医がご回答くださりました。ご協力いただいた先生方大変ありがとうございました。ここで結果を提示させていただきます。
各項目
自由回答欄
個人情報がわかってしまうものは除外して、いくつか回答をピックアップさせていただきます。
拘束時間や体力面に関して
•痙攣や脳卒中だけでなく、意識障害のコンサルテーションが多い中、神経難病の在宅支援やレスパイトを1人で受け持っています。基本的に神経難病の患者さんが入院中は休みが取れず、気が抜けないので体力面が心配です。
•血管内治療での立ち位置が、曖昧なままでは働きにくいと感じる
•当直明けは帰れるようにしてほしいですね
•当院は主治医制からオンコール制にしてQOLが大きく向上しました。以前は常勤3人主治医制でしたが、現在は常勤5人夜間休日はオンコール制です。主治医制の時は家族とも旅行に行けず常に呼ばれる緊張感がありました。夜も睡眠が浅かったですし、家族サービスもあまりできませんでした。
•カテチームは緊急が多いためそれ以外の脳神経内科医より時間外が増え、疲弊することが多い。
•神経内科に限らないが、働き方改革以後、寝当直という建前だが、救急対応を強いられる。しかも、時間外にカウントしているとA水準の時間を越えるとのことで、無給となっていること。
マンパワーや勧誘に関して
•働き方の改革案としては主治医制からの脱却かと思いますが、そのための常勤の人数が地方によって偏りがあるのが問題です。いかに脳神経内科医の人数を増やすかも課題かと思います。常勤の数が増えなければ当直明けにも帰らないと思います。
•出産と転居が重なり、転居先で神経内科案件を見つけられず他科として働いています。神経内科単独のマンパワーがかなりないと急な欠勤早退が生じる私のような者ははなかなか働ける場所がないようです。
•マンパワーの大切さを実感しています。
•子育て中で非常勤勤務(内容は訪問診療)ですが、バイト先に神経内科医が1人だけなので、カバー体制が不十分でつらいです。変性疾患が非常に多いです。
•母数が少ない。若手が足りない…。
•脳卒中を主に診療しているので当直が多めであること(給与とのトレードオフではあるが)、夜間の呼び出しがあることは今後年齢を重ねていくと辛くなる。
•改善案は主治医制度を担当医、チーム制度にすることで余分な呼び出し、電話が相当減るだろうと考えます。また特定看護師、NPを増やすことでも減るが、その場合看護師への別途追加手当は必要(モチベーションのためにも)。
•人手不足。専門医不在。
•つらくはないですが、後進の勧誘をする時間が取りにくいのがもどかしいです。
•いかに若い先生に神経に興味を持ってもらえるかがカギかと思います。
勉強について
•勉強していてわからないことが多い
•今の働き方改革の状況に合わせて勉強するとなると明らかに仕事中の雑務の率は多く、脳神経内科を勉強している時間は短いと言える。
•駆け出しなので知識のなさ
•もっと勉強しなくちゃと思うのですが、なかなか出来ておりません。
•診断が難しい。診断も治療も他科のようにガイドラインでかっちり決まっておらず、個々で状況判断が必要なことが多く、今は上級医がいるからいいが今後自分で判断できるようになるのか不安。
•脳神経内科の働き方として辛いのは、比較的医師が多い勤務先であったとしても、診療面で困ったときに相談して、的確なアドバイスがもらえなかったり、もらえなかったにしても一緒に悩んでくれる人がいないときがあることです。特に脳卒中診療メインの医局なので、神経変性疾患などを診ようとするとよくあることなのですが、気軽に相談できる仕組み作りも働きやすくするために大切なことかなと痛感しています。
•学問的興味や知識不足解決できず中途半端に診療を進めざるを得ない程の忙しさがつらい。
•地域に脳神経内科が少なく、脳神経内科領域をgeneralに診療する必要があるが、進歩が目覚ましく、非専門領域の知識のupdateがなかなか追いつかない。
タスクシフトに関して
•大学はカンファレンスが長い(雑務も多い……)、市中病院では脳卒中含めたオンコールの回数が多い。ハイパーな働き方を続けられる先生しか生き残らないため、辛さを相談できる先生がいない。
•外来で認知症患者の家族の話を聞くことがつらい。特に老老介護で面倒を見きれない方で、ケアマネさんと環境調整について相談するように言ってもあまり進展しない…。
•脳神経内科は楽しいが、地域の中核病院に勤めており内科としての当直が体力的に辛い。
•当院では退勤直前のあらゆる内科の入院は一般内科当直に一任しています。そうすることで退勤時間が守られています。
•科の特性上、難病申請が必要な方が多く、書類作成が大変。
•改善策: 可能な限り雑事を全て事務職へタスクシフトすること
•看護師へのタスクシフト。
•診察する疾患が幅広い。コモンかつ専門性がそこまで高くない疾患の一部は総合診療科に振り分けたい。
その他
•研究者への理解のなさや、派閥を抜けた後の、連携のとりにくさ
•もう少し意識障害を鑑別した上でコンサルト頂きたい。なんでもかんでもうちに来てしまい意識障害内科と化することがある
•救急からの神経系のコンサルトが多いと多忙になる。救急のレベルが低いと、意識障害丸投げなど雑な仕事が多くなる。
•地域においては、「増える患者」と「高まる専門性、リスク管理」という問題を限られた医療資源で対応しなければならない。地域のかかりつけの先生との協力も重要だなと改めて実感している。
•地方の病院で病院長をしているので脳神経内科としてのキャリアを積むのが大変。
上記まとめと管理人の感想
•今回のアンケートにご回答いただいた先生は80%以上が卒後10年以内,2/3が専門医未習得の若手脳神経内科医が主体でした。日本神経学会のアンケートは回答者の平均年齢が45歳と卒後20年前後のベテラン先生が主体なのと対照的です。
•負担/問題点をまとめると、学習機会が乏しい,完全主治医制,マンパワー不足,事務作業の負担,医師偏在(地域),当直明けが半数以上通常勤務などが挙げられます。予想外に学習機会が乏しい点に関するストレスが大きいことが印象に残りました。
・確かに卒後3年目(つまり脳神経内科専攻医1年目)からいきなり市中病院の脳神経内科として派遣されて、脳神経内科について何もわからないまま働き、上級医も外来などでなかなかが相談できず(また電気生理や病理などについて体系的に学ぶ機会に乏しく)、分からないことが積み重なってストレスになり疲弊してしまうというパターンはしばしばあると思います。
・これらはやはり脳神経内科医のマンパワーが純粋に足りないことが原因として大きいと思います。市中病院が人手不足で回らないので、若手をとりあえずマンパワーとして派遣せざるを得ずに教育が十分にできない現状があるかと思います。
・ある程度教育を受けて診察方法や考え方、基礎知識が自立すれば自己学習ができるようになりますが、本当に最初の段階はこれはなかなか難しく、多大なストレスがかかります。私自身も卒後3年目市中病院の神経内科で研修しましたが、今思うと卒後3年目は大学病院で研修して色々な知識や人の診察方法を見るなどを経てから市中病院で修業した方がよかったかもしれないなと感じています。
・脳神経内科の卒後教育に関しては勤務先の指導医に依存しており、アメリカのACGMEのように教育をがっちり管理する機関が存在している訳ではありません。このため若手が教育機会の乏しいまま労働力として酷使されてしまい疲弊するリスクがどうしてもあります。(もちろん到達目標の設定などはありますが)
・特に地域ではこうした問題がより顕著になりやすいと思います。神経内科専門医を取得しているのは部長1人のみで後のスタッフは全て専門医未取得の若手医師であったり、そもそも部長と若手医師の2人体制であったりということは現状よくあることです。
・「そんなの昔からそうなのだから当たり前だ!甘えるな!」という意見もあるかもしれませんが、やはり少しずつでも改善していくことが必要だと思います。
個人的に考える解決策
・こうした状況で個人的に考える解決策方法は2つで、①脳神経内科を専攻してくれる研修医をはじめとした若手医師の積極的リクルート、②総合診療医やホスピタリストとの連携です。
若手の脳神経内科へのリクルート
・高齢化社会と医療の高度化に伴い、脳神経内科医の仕事は増える一方であり、ありとあらゆる問題の解決にはマンパワーの確保が必要です。
・特に勧誘などしなくとも元々神経疾患に興味がある人はだいたい初期研修医になる前から脳神経内科志望のことが多いです。このパイを拡大することは現実的ではないですし、ここに期待してもなかなか解決しないと思います。
・そうなるとリクルートすべきはまだ志望科が決まっていない初期研修の先生方です。「脳神経内科って面白そう」と初期研修医が感じる状況、脳神経内科との接点は、特に救急やプライマリケアの領域だと思います。
・意識障害やてんかん重積、脳血管障害などの神経救急診療、病歴と神経診察から病巣診断をする論理的思考、頭痛やしびれ診療などのプライマリケアでのcommonな症候、こうした臨床現場で脳神経内科医と初期研修医が接点を持つ機会が多いと思います。
・Neurologistは「変性疾患とか難しい病気ばかり診ていて腰が重い」というイメージはまだまだ根深いです。「フッ軽」なGeneral Neurologistが初期研修の先生と一緒に診療してNeurologyの面白さを伝えていくことができれば勧誘にとても良いのではないかと思います。
・そのためには何よりも実際の臨床現場で一緒に診療し、思考過程を共有・教育することが重要です。また+αとしてはNeurologyの面白さを対外的にわかりやすく発信して伝えていくことも有用と思います。
・「Neurologyは面白い・楽しい!」という標語を繰り返しても何も意味はありません。いくら神経学の重鎮が「Neurologyは面白い!」と言ったところで、言葉をそのまま「うん面白いな!よし、神経内科医になろう!」と思う訳がありません。臨床現場で実際に初期研修医が「Neurologyって面白いなー」と「自発的」に感じてもらえるか?が重要であり、臨床現場で我々が背中をみせることで彼ら・彼女らに気づいてもらえるかどうかにかかっています。そうした草の根活動を地道に続けていく動きが全国的に広がればきっと効果がじわじわとでてくるのではないかと思います。その意味でGeneral Neurologyの果たす役割は大きいと思います。
総合診療医、ホスピタリストとの連携
・私は現在約300床程度の市中病院(3次救急までくる、年間救急車1万台程度)の病院に脳神経内科医常勤1人で勤務しています。「いやいや300床の救急病院で脳神経内科医1人で入院もとるのは無理でしょ!」と思われるかもしれないですが可能です。
・これは私の能力ではなくシステムによるものです。Neurologyでの入院症例は全例総合内科が病棟管理をしてくださり(脳梗塞だけではなくEGPAやギラン・バレー症候群などの専門的な疾患も)、また重症例は集中治療室で集中治療科がclosed ICUとして管理してくれます。私は日々の診察と教育、治療方針の決定、家族へのICなどに尽力します。入院患者の発熱や処方など病棟業務は総合内科の先生方が対応してくれ、当直も総合内科が対応してくれます。私は当直業務はなく、On callです。
・こうしたシステムであれば重症の脳炎や難治性てんかん重積例がICUに入室しても、EGPAやギラン・バレー症候群といった末梢神経障害でも脳神経内科医1人での管理が可能です。
・ただ前提として総合内科医へのNeurology知識に関する十分な教育が必要です。
・何が申し上げたいかというと「実は脳神経内科医の仕事で、本当に脳神経内科医がやらないといけない仕事は意外と限られる」という点です。市中病院などで働いていると、誤嚥性肺炎の対応や、処方箋や点滴といった病棟業務などに相当な業務時間がとられていることがわかります。一方で脳神経内科にしかできない仕事に集中すると、外来以外は患者の診察と治療方針の決定、また神経伝導検査などの電気生理検査をすることと、何よりも総合内科医への教育に尽力することができます。
・これら総合的に総合診療医や総合内科医との連携は今後極めて重要になると思います。
・もちろん「ただ患者さんを診てください、お願いします」という押し付ける感じの一方向性の関係ではなく、こちら側はNeurologyの症例を一緒に診ることで教育を充分に行うことで総合診療医、総合内科側のニーズにこたえる必要があります。ここで上手く双方のニーズを満たすことができれば円満な関係性を築くことができます。ここの関係性構築は一見簡単にみえるかもしれないですが一筋縄ではいかないところもあり、相当の努力が必要になります。
・またそもそも総合診療医がいない病院もありますし、病院のシステムとしていきなり変更することは難しいため「そんなのうちの病院ではできない」という意見があることは重々承知しています。ただ数少ない専門医を活かして入院を含めた診療を成立させるためにどうすべきか?という課題を解決する方法としては検討する余地が十分あると思います。
・私の例が上手くいっているのかどうかはわかりませんが、こうした例のモデルケースが日本ではほぼないので、1つのモデルケースとして参考になりましたら幸いです。
参考:ホスピタリストとは?
・ホスピタリストとは「病棟専属医師」であり、ERや外来業務は「ない」医師です。1996年にアメリカで提唱され(NEJM 1996; 335: 514)、下図の通りどんどん増加しています(NEJM 2016: 375: 1009-1011)。
・当初は色々懐疑的な意見が多かったことが書かれていますが、2016年に”Hospitalist”が5万人を超えており、一大勢力であることがわかります。
・こうしたホスピタリストは、アメリカでは“7勤7日休”,“14勤14休”,ナイトフロート(夜勤専属)など働き方が自由で(年間半分休み!)人気がでてきており、現在アメリカでは約75%の病院にホスピタリストがいます。例えばQueens Medical Centerは全500床のうちHospitalistが管理するのは350床で、ホスピタリストは約50人!勤務しています。一方で日本ではこうしたホスピタリストとしての総合診療医や総合内科医が勤務している病院は極めて少数です。
・アメリカでこうしたホスピタリストが求められるようになった背景としては、入院患者の高齢化とマルチプロブレム、専門科が専門分野に集中できない、医療費削減、各科連携と医療安全、レジデントの労働時間、病棟運営,効率化など各種問題がある中で、医師1人で全ての業務を負担することに無理が生じていることが挙げられます(NEJM 2009: 360;11 :1141)。
・実際に私は現在の勤務病院でホスピタリスト(当院では総合内科医)と一緒に働き、確かに上記の「専門科が専門分野に集中できない」という問題は相当解決されると感じています。当直がないため体力的な負担も軽減されますし、重症患者を診療する際の心理的負担も相当軽減されます。
・ただこのシステムを導入するには総合内科医・総合診療医の相当なマンパワー・診療レベルと病院単位でのシステム再構築が必要になるため、どの病院でもすぐに出来るものでは全くありません。
・またもちろんこのホスピタリストシステムには問題点がいくつもあります。特に問題なのがホスピタリストの過労とアイデンティティクライシスです。高齢化社会で入院患者さん1人が抱える問題は非常に多く、社会調整など含めて病棟管理はかなり手がかかります。これらの入院患者をどんどんふられることになるので相当な業務負担になり、専門科の負担は軽減するかもしれないですがホスピタリスト側の負担はかなり多いです。仕事を押し付けられているという感覚になると、どうしても仕事のやりがいやアイデンティティの喪失につながるところがありこうした面への配慮も必須です。
・まだまだ理想論ばかりで夢物語のようなところもあるかもしれないですが、働き方改革は喫緊の課題であり色々アイデアを出しながら検討することが若手医師側からも必要です。医師の働き方改革に若手医師の意見があまり組み入れられていない点も気になるところで少しずつ声をあげていければと思います。