ここでは多発性硬化症の治療に関してまとめさせていただきます。
診断(特にMcDonald基準)に関してはこちら、画像に関してはこちらをご参照ください。
治療の目的
再発を抑えるだけではない
・多発性硬化症ではもちろん再発を抑制することが重要であるが、背景には「炎症」の病態があり再発がなくても病勢が進行する(臨床的にはEDSSが経時的に悪化していくことが反映)のを抑えることが重要である(下図F先生のスライドより許可を頂き掲載)。
・つまり無治療の状態であるとMSは例え再発がなくても進行してしまう(無治療の場合おおまかに10年で約50%がSPMS(EDSS≧4)に移行する)。つまり再発だけではなく長期的な予後を見据えて介入する治療戦略を決定する必要がある。
・DMTs(disease modifying therapy)はこの炎症に対して介入する(=免疫を調整する)治療薬である。
・しかしSPMS(secondary progressive MS)では炎症がおわり神経細胞がこわれていく状態になってしまうと免疫をどう調節しようとしても神経障害がただ進行してしまう状態になってしまい、この状態は治療介入が困難である(既存のDMTsに関する臨床試験も背景のEDSSは2~3)。
・よって「SPMSになる前の段階”windows of oppotunity”でいかに早期に治療介入するか?」がMS治療では重要なテーマになっている。
参考:「多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害 診療ガイドライン2023」
Q2-1-1 MS患者はいつDMDを開始すべきか?
回答:MSの診断後,速やかにDMDを開始する。CISへのDMDを考慮してもよい。
Q2-1-2 MSのDMDはどのように開始ぶえきか?
回答:個々の患者で再発頻度,MRI活動性,診断時のEDSSや脳萎縮を含む予後不良因子,患者の生活背景や価値観などに配慮して,DMDを選択する。予後不良と考える患者では,より有効性の高いDMDから開始することが望ましい。予後が良好と考えられる場合には,より安全性の高いDMDから開始することを考慮しても良い。
EDSS (expanded disability status scale)
■評価項目:ADL・歩行可能距離+錐体路・小脳・脳幹・感覚・膀胱直腸障害・視覚・精神
・EDSSの表を見るとあまりのややこしさに最初はびっくりするが、以下のようにざっくりと考える。
・まず重要なのはADLで「500mを休まず補助具なしで歩けるか?」どうか。これが無理な時点でEDSS4点以上が確定であり、可能であればEDSS4点未満を考慮する。(EDSS4点以上はSPMSのある意味基準なので重要)
・EDSS4点以上は基本的にADLで評価が決まる。EDSS6点=杖歩行、EDSS7点=車いすが分かりやすいポイント。
・EDSS4点未満はFS(functional system:機能別障害度)で評価を行う
・FSは 錐体路・小脳・脳幹・感覚・膀胱直腸障害・視覚・精神 をそれぞれ評価するが、FS1点は基本的に異常所見はあるが、日常生活には支障をきたさない障害、2点以上は日常生活に支障をきたすと大まかに理解した上で個別をそのつど確認する。
・これも大まかにFSの中で最高点:X点のものが1つあれば、EDSSもX点に該当することが多い(例えばFSがシステムの中で2点が最高点の場合はEDSS=2点または2.5点に該当する)。
■DMTsによるRRMSからSPMSへの移行に関して JAMA. 2019;321(2):175-187.
・背景:発症から20年以内に無治療RRMSの80%はSPMSへ移行してしまう。DMT(disease-modifying treatments)とこのSPMSへのconvertionに関して前向きに検討した臨床研究。
・患者:1555人のRRMS患者
・評価ポイント:DMTs使用 vs 無治療 下図はグラチラマー酢酸塩・IFNβの場合
・評価ポイント:発症から5年以内 vs 5年以降 message:早期治療介入が二次性進行型移行の抑制で重要
・評価ポイント:フィンゴリモド・ナタリツマブ(日本採用ないalemtuzumab)vsグラチラマー酢酸塩・IFNβ message:早期から強い治療で介入した方がSPMS移行を抑制(重要な結果)
*スウェーデン(high efficacy therapyから導入が多い)VSデンマーク(escalation strategyが多い)の治療成績の比較(F先生資料から引用)
→high efficacy therapyを導入した方が進行が少ない
個別の治療設定(CISまたはRRMSの場合)
・従来はABCを1st choiceとして治療を開始し、無効もしくは効果不十分の場合により治療効果の高い薬剤へ切り替える”escalation therapy”が基本とされていましたが、予後が不良の患者さんでは治療可能期間が終了してしまう前に強い治療導入を先行するべきであるという臨床研究の結果(上述:JAMA 2019;321:175)
・考えが出てきてここでは海外の推奨を以下に紹介させていただきます(参考:Nat rev Neurol 2019;15:287)。
・予後不良であると”windows of oppotunity”がすぐに閉じてしまう。このためwindowsが開いているうちに治療介入を行う(DMDの効果を最大限発揮できる機会を逃さないようにする)という考え方。
1 予後不良因子なし:IFNβ製剤・グラチラマー酢酸塩・フマル酸ジメチル
2 予後不良因子あり(またはABC治療で目標に到達しない):ナタリツマブ・フィンゴリモド・オファツムマブ
予後不良因子
■疫学・環境要因:高齢・男性・ヨーロッパ以外の人種・ビタミンD低値・喫煙・その他併存疾患
■臨床像:primary progressive, 再発率高い、1回目と2回目の再発の間隔が短い、脳幹 or 小脳 or 脊髄病変発症、初回再発からの改善に乏しい、初回EDSS高値、複数の症状での発症、早期の認知機能障害
■MRI:T2延長病変多い、volumeが大きい、Gd造影病変、テント下病変、脊髄病変、脳萎縮(全体)、灰白質萎縮
■バイオマーカー:T2延長病変多い、髄液OCB陽性、neurogilament light chain高値、OCTでの網膜神経層菲薄化
PMLリスク
・PMLに関してはこちらをご参照ください。
・ABC療法(IFNβ・GA)はいずれも全世界的にPMLの報告はありません。
・日本ではナタリツマブ、フィンゴリモドで報告があります(世界的にはテクフィデラでも報告があります)。
治療効果判定・目標
治療評価の軸 以下の3ポイントで評価する
1:臨床的な再発
2:病勢進行(EDSSの悪化)
3:画像的活動性 MRIで評価(半年に1回)
NEDA(no evidence of disease activity) 疾患活動性が認められない状態
“NEDA-4”:以下いずれも該当なし
1:臨床的な再発
2:障害進行(EDSS) 3か月以上持続するEDSSの悪化
3:MRI活動性 新規または拡大するT2延長病変・Gd造影病変
4:脳萎縮の進行(年間0.4%以上の脳容積の変化)
*Mult Scler 2016;22:1297-1305.
Rio score
Rio score 以下の合計点数 ≦1点の場合は予後良好に該当
・MRI criteria 0点=≦2個の画像活動性、1点=>2個の画像活動性
・Relapse criteria 0点=再発なし 1点=再発1回以上あり *1年間
・EDSS criteria 0点=ΔEDSS<1点 1点=ΔEDSS≧1点
各疾患修飾薬に関して
*F先生のスライドから許可を頂き引用。
各薬剤に関して
・オファツムマブに関して:こちら
・IFNβに関して:こちら
・フマル酸ジメチルに関して:こちら
・グラチラマー酢酸塩に関して:こちら
・フィンゴリモドに関して:こちら
*筆者は普段自分の判断でナタリツマブ投与は行っていないため、ここでは紹介しておりません。
・妊娠とDMD選択に関して:こちら
■文献:各DMTの効果に関してのsystematic review J. Comp. Eff. Res. (2021) 10(6), 495–507
・分類:high efficacy: ARR≧50%低下,moderate efficacy: ARR=30-50%低下 *ABN2015年ガイドライン
・新薬がどれに分類されるかを検討
・オファツムマブはhigh efficacy therapyに分類