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精神症状と自己免疫性脳炎

抗NMDA受容体脳炎が2007年提唱されてから、脳炎と精神病の関連性について色々検討されてきました。救急外来から「初発の精神症状で脳炎の可能性はどうでしょうか?」というコンサルテーションはNeurologistにとって本当によくあります(特に当院は精神科常勤医がいないため、そもそも入院させて良いのか?という判断も求められます)。とりあえず文献を列挙しますが、またよくまとめたいと思います。

精神症状のみを呈する抗NMDAR脳炎について JAMA Neurol. 2013;70(9):1133-1139.

4%が精神症状のみで発症(4%=23/571, 内訳:初発症状 0.9% n=5, 再発例 n=18)
・精神症状:妄想 74%, 気分障害70%,攻撃性 57%,幻覚(幻聴,幻視) 43%,不眠 30%,記憶障害 26%
・患者背景:中央値20歳、女性91%,悪性腫瘍43%(その他と著変なし)
・髄液細胞数増多:77%(17/22)
・MRI異常:45%(10/22)
・免疫治療反応性:83%寛解または劇的に改善

“Autoimmune psychosis(自己免疫性精神病)”について Lancet Psychiatry 2020;7: 93–108

possible autoimmune psychosis

患者は急性発症(3 カ月以内に急速に進行する)の精神病症状があり,以下の最低 1 つ以上を有する。

・現在あるいは最近診断された腫瘍がある
・運動障害(カタトニアあるいはジスキネジア)
・抗精神病薬による悪性症候群を疑わせる副作用(固縮,発熱,CK 上昇)
・重度の認知機能障害
・意識レベルの低下
・もともと認知されていた痙攣性疾患では説明できない痙攣の出現
・臨床的に有意な自律神経失調症状(異常なまたは予期せぬ血圧・体温・心拍数の変動)

probable autoimmune psychosis

患者は急性発症(3 カ月以内に急速に進行する)の精神病症状があり,以下の最低 1 つ以上を有する。

・髄液細胞数増多 5/μL 以上
・MRI:T2/FLAIRで両側内側側頭葉に限局する異常信号
・脳波:脳症を示唆する異常所見(棘波,棘徐波,徐波)
・髄液:OCB + or IgG index上昇
・他の鑑別疾患を除外したうえで cell-based assay での神経系に対する自己抗体が血清で陽性

definite autoimmune psychosis

Probable autoimmune psychosis の criteria を満たしたうえで CSF で神経系に対する自己抗体が陽性である

初発の精神病における抗神経抗体の検討 Neurology ® 2021;97:e61-e75.

105例の初発精神病を検討した前向きコホート研究(血清と髄液の抗神経抗体をbrain immunohistochemistry, cell-based assays, live neuronsで検討)
・患者背景:年齢中央値30歳(14-75歳)、女性42%,一等親に精神疾患の既往 44%
・先行症状:精神症状 55%, 不眠 75%, 頭痛 7%, 発熱 2%
・先行する精神症状の持続期間:<1か月 7%, 1-6か月 45%, 6-12か月 48%
抗神経抗体:陽性0%
・検査所見:髄液細胞数増多>5/μL 2%,MRI異常所見 4%,EEG異常所見 4%
・autoimmune psychosisの基準(上述):32%:1つ以上のwarning signsに該当,20%possible or probable autoimmune psychosisに該当
・内訳:精神疾患96%(統合失調症 n=30, 1型双極性障害 n=27, 非特異的精神病 n=13, うつ病+精神症状 10%など), その他 4%

・autoimmune psychosisに関するwarning signs, criteriaは神経学的所見がなく、検査(MRI、髄液など)が正常の場合は有用性が限定的
・抗NMDAR抗体脳炎”らしさ”の参考:発症から数日~2,3週間以内に神経症状を随伴する,悪性腫瘍を随伴する場合がある,抗精神病薬抵抗性である,MRI~40%, EEG<95%で1つ以上所見を認める

初発精神病に対するアプローチ提唱

Guasp, Dalmauらによる精神症状と自己免疫性脳炎に関する見解 Neurology ® 2023;101:656-660.

key point

1:ほとんどの自己免疫性脳炎は精神症状を伴う

2:抗NMDAR脳炎以外の自己免疫性脳炎は精神症状単独で受診することは稀であり,精神疾患との鑑別上問題になることは稀である

3:既報の精神疾患における自己抗体は臨床的意義に欠ける自己抗体(VGKC, TPO, GAD65血清のみかつ低力価)が含まれている,自己抗体測定法が確立していない,髄液での抗体測定が検討されていないなどの問題がある
・健常人において血清の抗TPO抗体は13%, 抗GAD65抗体は8%に認める
・VGKC抗体自体には意味はなく,LGI1, CASPR2を測定する必要がある
・Ma2, Zic4, SOX1抗体はコマーシャルの測定キットでは偽陽性が多い
・GlyR抗体は血清のみ陽性の場合は臨床的意義は不明である

4:精神疾患での血清・抗神経抗体IgGの検出は0-12%,ほとんどが≦3%と報告されておりこれはコントロールと有意差はない

5:統合失調症やその他の精神疾患において,抗体検査の研究は新たな疾患群や診断,治療法に影響を与えていない

6:統合失調症や慢性経過の精神疾患においてルーチンでの抗神経抗体の測定は推奨されない

筆者の考え
・今日まで統合失調症やその他の精神疾患において確立した自己抗体はない
・こうした自己抗体との関連の概念がとても魅力的なので、諦めるのが惜しい状態になってしまっている

本分中結びの言葉
“Finally, clinical reasoning should prevail over antibody results. Clinicians must become familiar with the syndromes of the AE and related disorders of the CNS.”