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帯状神経ウイルスによる脳神経障害

神経内科医にとって帯状疱疹ウイルスによる神経合併症は非常にcommonな病態です。

感染機序

どの神経節に潜伏しているのか?

・半月神経節(Ⅴ:三叉神経)79-87%
・膝神経節(Ⅶ:顔面神経) 69%
・前庭・蝸牛神経節(Ⅷ:前庭・蝸牛神経) 20%
・下神経節(Ⅹ:迷走神経)9%

→剖検例で上記の神経節からVZV-DNAが検出された報告がある(Virus Genes 2001; 23: 145)

脳神経障害の機序

1:直接障害(神経節から直接)
2:間接障害(炎症・浮腫) *内耳道や頸静脈孔などで解剖学的に絞扼を受けやすい部位で生じる

*他の脳神経への伝播機序
1:神経吻合による伝播
2:限局性髄膜炎による伝播
3:血液、髄液を介した伝播

どの脳神経が障害されるのか?

・嗅神経以外の脳神経は全て障害例が報告されている
多発脳神経麻痺を呈する場合もある(多発脳神経麻痺の総論に関してはこちらもご参照ください)
皮疹を伴わない場合(zoster sine herpete)も多く報告されている

脳神経ごとの特徴

三叉神経(Ⅴ)

・最も頻度が高く、一般的で詳細に関してはこちらをご覧になってください。
鼻毛様体神経眼球結膜(角膜、強膜)、ぶどう膜、鼻背部、篩骨洞、蝶形骨洞
→鼻尖部や鼻背は鼻毛様体神経支配であり、鼻尖部は上顎神経由来の眼窩下神経との二重支配になっている。帯状疱疹で同部位に皮疹を認めた場合は高率に眼合併症を起こす“Hutchinson徴候”が有名で注意が必要。

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顔面神経・蝸牛前庭神経(Ⅶ・Ⅷ) Ramsay Hunt症候群

・Ramsay Hunt症候群:①Ⅶ障害+②Ⅷ障害+③外耳の帯状疱疹
・皮疹の解剖分布:外耳道・舌前2/3・軟口蓋弓 *外耳道が最も多いが、舌や軟口蓋弓も必ずチェックする

■Ramsay Hunt症候群の臨床像に関して 日耳鼻 1996 ;99 :1772

・皮疹の部位に関して:耳介のみ:84.1%, 多発:10.6%, 耳介以外:5.3%

・皮疹と顔面神経麻痺の時間的関係に関して
1:皮疹→顔面神経麻痺 (2日以上):19.3% (最大:7日)
2:同時期(前後1日以内):46.5%
3:顔面神経麻痺→皮疹(2日以上):34.2% (最大:14日)

・顔面神経麻痺と前庭蝸牛神経障害の順番に関して
1:Ⅷ→Ⅶ:34.3%
2:ほぼ同時期:34.3%
3:Ⅶ→Ⅷ:31.3%

その他の脳神経麻痺合併(多発脳神経麻痺):舌咽神経、迷走神経合併8例(2.5%)

迷走神経(Ⅹ)

・前述の通り迷走神経の神経節にVZV DNAが検出されることからわかる通り、迷走神経障害も呈する場合があります。
・迷走神経は「外耳道」にGSA(体性感覚線維)が分布します。ここはRamsay Hunt症候群でも障害されることが有名ですが、このようにⅦ(顔面神経)・Ⅹ(迷走神経)どちらも外耳道に分布するため注意が必要な領域です。つまり外耳道に病変を認めることは原因がⅦであることの十分条件ではないということです。

*参考:迷走神経耳介枝に関して
・迷走神経上神経節→乳突小管→顔面神経管→錐体骨を走行→鼓室乳突裂にて外へ→外耳道、耳介に分布

■帯状疱疹ウイルスによる舌咽迷走神経麻痺54症例のliterature review Journal of Voice 2013;27:636

・障害の左右:左60%, 右18%, 記載なし22%
・脳神経麻痺単独障害(舌咽・迷走神経のみ) or 複数障害(その他の神経障害合併):単独 17%, 複数 83%
・合併部位:Ⅶ 48%, Ⅷ 44%, Ⅴ 18%, Ⅺ 15%, Ⅻ 10%, Ⅵ 5%, Ⅲ 4%, Ⅳ 2%
・症状:嚥下障害 78%, 嗄声 44%, 味覚障害 9%, 頭頸部疼痛 11%, めまい11%
・皮疹:66% (34%は皮疹を認めなかった)→皮疹部位:larynx 28%, pharynx 31%, auricle 20%, neck 7%
・予後:寛解26%, 喉頭麻痺30%, 咽頭麻痺17%

まとめ:他の脳神経合併が約80%と多く顔面神経と蝸牛前庭神経が最多・約1/3には皮疹なし・機能予後は不良である

咽頭痛・嚥下障害・嗄声などを帯状疱疹患者が呈する場合は舌咽迷走神経障害の合併を考慮する(ファイバー検査などで確認する)
・皮疹を伴わず嚥下障害のみを呈すると診断かなり難しいため帯状疱疹による多発脳神経麻痺も鑑別に挙げる

*参考:下図  European Archives of Oto-Rhino-Laryngology (2020) 277:2907–2912 より引用

*実は私は顔面神経麻痺と迷走神経麻痺を合併した症例の経験があります。その時に考察したもので以下はあくまで管理人の仮説ですのでご注意ください(証明されている訳ではありません)

このように顔面神経と迷走神経は解剖的に交差しているため、同部位でウイルスが乗り換えることで両者の障害が起こる場合があるのではないかと推察しています(繰り返しですが管理人の仮説です)。

しゃっくりを呈する症例報告 Auris Nasus Larynx 2009;36:606

・73歳男性2日間持続するしゃっくり、左咽頭痛で受診。粘膜腫脹と潰瘍を舌、喉頭蓋、梨状窩に認め、帯状疱疹を疑いバラシクロビル開始(入院後はアシクロビル静注へ切り替え)。その後しゃっくり持続、嘔吐随伴、左耳疼痛と水疱を外耳に認めた。顔面神経麻痺やめまい、嗄声、軟口蓋麻痺や声帯麻痺は指摘できなかった。第13病日にしゃっくりは改善を認めた。
・しゃっくりは迷走神経・横隔神経・C2-4・交感神経などが求心路となり、横隔神経C3-5が遠心路となる。中枢での回路は詳細には不明。
・本症例はVZVによる迷走神経障害によってしゃっくりを呈した可能性が考慮される(既報は4例のみ)。

*これは先日職場で「しゃっくり」を呈した帯状疱疹ウイルスによる多発脳神経麻痺症例のご相談を頂き、「しゃっくり」って関係あるのかな?と思って調べた次第です。

参考文献
・Lancet Neurol 2007; 6: 1015
・J Neurol Neurosurg Psychiatry 2001;71:149–154 Ramsay Hunt症候群のreview
・臨床神経 2015;55:932-935
・European Archives of Oto-Rhino-Laryngology (2020) 277:2907–2912 ”herpes zoster laryngitis”の臨床的な特徴のまとめ