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神経痛性筋萎縮症 NA: neuralgic amyotrophy/Parsonage-Turner syndrome

病態

神経痛性筋萎縮(NA: neuralgic amyotrophy)突然発症の肩周囲疼痛から上肢の筋力低下をきたす症候群として1948年にParsonage先生とTurner先生がまとめられたことに端を発します(このことから神経痛性筋萎縮は別名Parsonage-Turner症候群と称されます)。一般的には腕神経叢ニューロパチーの鑑別(腕神経叢炎 brachial plexitis)として捉えられていましたが、そもそもParsonage先生、Turner先生は当初の報告で腕神経叢の障害とは言及しておらず、様々な変遷を経て現在は腕神経叢由来の末梢神経を主体とした多発単ニューロパチーとして捉えるのが正確だとされています。しかし、腕神経叢以外の神経を障害する場合もあり疾患概念に幅があります(下図参照)。

・孤発例だけではなくSEPT9遺伝子変異を認める家族性の報告もあります。

・神経痛性筋萎縮は前骨間神経麻痺と後骨間神経麻痺との関係が深く、特発性前骨間神経麻痺の症例で神経に物理的なくびれた所見が術中所見として報告されるようになり、神経痛性筋萎縮でも超音波検査などで同様の所見を認めることから特発性前骨間神経麻痺と同様の病態が関与していることが示唆されました。

臨床像

肩から上肢に非常に強い神経痛(VAS≧7、また夜間起き上がるほどとされています)を生じ、数時間以内に疼痛は最大に達します。その後から上肢帯のpatchyな筋力低下+萎縮をきたし(下図:翼状肩甲の例参照)、徐々に改善していく単相性の経過というのがおおまかな臨床像です。運動症状の部位が感覚障害や疼痛の解剖部位と一致しないせず、patchyな分布になる点が本疾患の特徴です。
・単相性であることが特徴で、月から年単位で症状が増悪していく場合はNA以外の疾患も考慮するべきです。

・神経痛性筋萎縮に特異的という訳ではないですが(頸椎症性神経根症でも認める)、しびれを緩和するために上肢を屈曲・内転させる“flexion adduction” signが知られています(Neurology Sep 1979, 29 (9 Part 1) 1301)。

The flexion-adduction sign in neuralgic amyotrophy


・障害される神経・筋は非常にheterogeneousであり、この後筋障害の分布をまた記載させていただきます。

*参考までに腕神経叢と末梢神経の解剖関係図を掲載します(腕神経叢に関しての詳細はこちらをご参照ください)。

■神経痛性筋萎縮246例の臨床像検討 Brain (2006), 129, 438–450

契機:53.2%にあり 感染症43.5%、運動17.4%、手術13.9%、周産期8.7%、ワクチン4.3%、精神的ストレス4.3%、外傷4.3%、その他3.5%
・初発症状:疼痛90%、麻痺5.8%、感覚障害2.9%、萎縮1.2%
・発症時間:夜間(0-7時)60.9%、日中(7-18時)28.2%、夕方(18-24時)10.9%
・部位:片側71.5%右47.1%、左24.4%)、両側28.5%(左右非対称27.8%、左右対称0.8%)、右発症の利き手→右89.1%、左9.9%、両利き1%、左発症の利き手→右78%、左17%、両利き4.3%
・腕神経叢以外の障害:特発性NAの17.3%(腰仙髄神経叢8.2%、横隔神経6.6%、反回神経2.6%、その他2%)、遺伝性NAの55.8%(腰仙髄神経叢32.6%、横隔神経14%、反回神経18.6%、その他7%)
筋力低下の出現時期(疼痛出現後)24時間以内33.5%、1-7日39.3%、1-2週間14.1%、2週間経過しても筋力低下出現なし27.2% 中央値:男性13.6日、女性8日(男女間での有意差なし)
・筋力低下悪化:30.2% 日単位8.6%、週単位16%、月単位5.6%
・分布:上 and/or 中神経幹+長胸神経121例 50.2%、上 and/or 中神経幹(長胸神経障害なし)50例 20.9%、腕神経叢領域全て37例、中神経幹 and/or 後神経束主体13例、下位の腕神経叢主体10例、前骨間神経主体9例
・障害される筋肉:棘下筋71.8%、前鋸筋70%、棘上筋65.7%、上腕二頭筋61%、菱形筋54.2%、円回内筋52.3%、腕撓骨筋48.1%、手関節背屈47.4%、三角筋46%、上腕三頭筋43.4%、手関節掌屈36.3%、指伸筋36.3%、方形回内筋33.3%、深指屈筋Ⅰ,Ⅱ30.6%、背側骨間筋30%、母指内転筋27.4%、母指伸展筋27.2%、大円筋26.4%、母指外転筋26.3%、僧帽筋19.9%、大胸筋14.8%、胸鎖乳突筋7.2%、頸部伸展筋1.5%
・運動機能の改善:-1ヶ月7.9%、1-6ヶ月59.8%、6-12ヶ月18.9%、12-24ヶ月8.5%、24-36ヶ月でも改善しない4.9%
・感覚障害:症状69.2%、診察上78.4%
・感覚障害の分布:肩外側 and/or上肢48.9%、手指もしくは指のみ20.8%

■鑑別疾患

・鑑別上特に難しいのが頚椎症性神経根症こちら参照)や頸椎症性筋萎縮症こちら参照)です。その他の鑑別疾患をまとめた図を掲載させていただきました。
・頸椎症性筋萎縮症近位型との鑑別としてはCSAでは三角筋、棘下筋、上腕二頭筋が全て障害されますが、NAでは例えば三角筋と棘下筋のみ障害される場合があります(NAで筋皮神経単独障害はまれ)。
・頸椎症性筋萎縮症遠位型との鑑別ではCSAでは通常C8領域の指伸筋に加えて、尺骨神経領域も障害されますが、NAでは後骨間神経のみ障害されることが多いです(NAでは尺骨神経障害は少ないとされています)。
・肩関節の疾患も鑑別となりますが、他動的なROM制限があるか?ないか?(肩関節の問題ではROM制限があるが、NAではROM制限はない)も鑑別上重要なポイントです。

検査

血液検査
・HEV感染を併発する場合があり、肝逸脱酵素上昇を認める場合は検討します。
・抗ガングリオシド抗体:先程のBrainの報告では26%(9/34例)で陽性になったと報告があります(内訳は抗GM1-IgM 6例、抗GM2-IgM 1例、抗GM1-IgG 3例、抗GM2-IgG 3例)。
・診断のバイオマーカーとなるような検査は指摘されていません。

髄液検査
・こちらも先程のBrainの報告では13%(32例)で髄液が検討されており、12.5%(4/32例)で髄液異常所見を認めたと報告されています。

■電気生理検査
神経伝導検査:routineで検査する正中神経、尺骨神経だけでは調べきれず、感覚神経に関しては内側前腕皮神経・外側前腕皮神経も調べます。 ただ解剖学的に検査が困難な神経もあるため、針筋電図で筋肉単位でどこが障害されているか調べるアプローチも重要です。
針筋電図:障害部位の筋同定には欠かすことが出来ない検査です。

画像検査
MRI検査:STIRと造影で検査し、異常信号を認める場合があります。

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エコー検査:神経の絞扼部位の同定に有用です(下図は前骨間神経)

治療

・免疫治療:ステロイドIVIG(Muscle Nerve 2011;44:304, J Neuroimmunol 2011;238:107)などの免疫治療を行われた報告もありますが確立した治療法はありません。ステロイドに関しては最初の1週間PSL1mg/kg使用し、2週目にtaperingしていき最終的に0mgにする方法が記載されており、後ろ向き研究で発症1ヶ月以内の使用が症状期間の短縮と改善に寄与したとされています。
・NAの病態として誘因に続発することが多く、自己免疫学的機序が推察され(先に述べた様に抗ガングリオシド抗体が検出されることもあります)、病理学的に神経上膜や神経周膜の血管周囲にリンパ球浸潤を認めることが報告されていることによります。
・画像上絞扼がある場合は、手術を考慮します。この場合も自然に改善する場合があるため3ヶ月経過しても自然に改善しない場合に考慮するとされています。以下は前骨間神経麻痺での手術例で絞扼部位に腓腹神経のグラフトを利用しています。

参考文献
・J Neurol Neurosurg Psychiatry 2020;91:879–888. “Neuralgic amyotrophy: a paradigm shift in diagnosis and treatment”というタイトルの通り、従来の腕神経叢炎という概念を覆す内容をまとめたreviewでとてもわかり易いです。この記事のほとんどの内容を本論文より引用させていただきました。
・Nat Rev Neurol 2011;7:315 NAのreviewとしてよくまとまっていて勉強になります。
・脊椎脊髄 31 ⑸:460-465,2018 「神経痛性筋萎縮症の概念とその歴史的変遷」もはや「腕神経叢ニューロパチー」ではない! 著:園生 雅弘先生  こちらでも神経痛性筋萎縮は腕神経叢ニューロパチーではないことの歴史的な経緯や病態に関してまとめられており大変勉強になります。
・脊椎脊髄 31 ⑸:503-506,2018「NAの治療」著:森口幸太先生、宮本勝一先生、楠進先生