注目キーワード

尾状核梗塞と無為 abulia

尾状核梗塞は経験したことがあると病歴だけから診断することが可能である点が個人的には好きな疾患です。以下で解説していきます。

無為 abulia

脳梗塞の診断は今までの記事でも何度か書いておりますが1:神経学的巣症状(focal neurological sign)から病巣を推定することと、2:病歴から血管障害を示唆する突然発症(sudden onset)を取ることの2点が極めて重要です(むしろこれが全てといっても過言ではありません)。前者の神経学的巣症状は通常「右半身が動かない」など非常にわかりやすいものも多いですが、わかりにくいものの代表が無為abuliaです。

個人的には神経学的巣症状として取りづらいが脳血管障害を考慮しないと行けない状況として尾状核梗塞によるabulia心原性塞栓・IE・Trousseau症候群などにより大脳全体にぱらぱら塞栓が富んでいる脳梗塞による軽度の覚醒障害の2点を挙げています(私論です)。重要なのは「ただなんとなくぼーっとしていて頭かもしれないから頭部MRIを撮ります」とただ漠然と頭部MRIをオーダーするのではなく、「明らかなfocal neurological signはないが、注意力が低下しており、かつあまりに突然発症の病歴で血管障害が疑われ、鑑別としてぱらぱら大脳に富んでいる塞栓性脳梗塞を疑うから頭部MRIを撮ります」というロジックが必要だということです。これは普段から意識し慣れるとできる様になってきます。

無為(abulia)は色々な表現がされますが、自発的に何かを使用とするモチベーションが減退し、また外からの刺激に対しても反応が遅くなることを表します。はたからみるとやる気がなくなってしまい、全体的にゆっくりした感じで性格が変わった様にうつります。日常生活は普通に送ることができるのだけど、今までおしゃべりだった人が急にあまりしゃべらなくなり、話しかけても反応が返ってきづらいなどが特徴的な病歴です。このように症状を言葉でなかなか表現しづらいので、患者さんの家族も「急に変になった」など漠然とした主訴で受診することが多いです。また患者さん自身はそこまで症状を自覚しておらず、他人や家族から促されて受診するケースが多い印象が個人的にはあります。無為(abulia)は神経変性疾患でもよく認める症候ですが、この無為(abulia)を救急外来で最も経験するのが尾状核梗塞です。

私が今まで経験したことがある中で面白かったのは患者さんの奥さんが「夫が急に今日から年をとってしまった感じがする。浦島太郎になってような感じがする。」というものです。言い得て妙でabuliaという難しい言葉よりも「浦島太郎のよう」という表現が症状の全体像をうまく言い表しているなとつい感心してしまいました。やはり教科書や論文よりも患者さんが臨床を教えてくれるなと感じる瞬間です。

尾状核の血管支配

尾状核はHeubner反回動脈(ACA)、前レンズ核線条体動脈(ACA)、外側レンズ核線条体動脈(MCA)のいずれから栄養されます。それぞれの支配領域は下図の通りです。下から上になるにつれてHeubner反回動脈、前レンズ核線条体動脈、外側レンズ核線条体動脈の順に還流される様になります。

尾状核の脳卒中31例をまとめた報告 Stroke. 1999;30:100-108.

男性24例、女性7例、年齢中央値62歳(41-78歳)、尾状核梗塞80%、尾状核出血20%。
脳梗塞の原因:ラクナ梗塞59%、心原性塞栓20%、アテローム性8%、複数の要因8%
神経学的所見:abulia(言動の自発性の低下、外的刺激からの反応に時間がかかるなど) 48%、前頭葉障害26%、言語障害(左病変)23%、無視(右病変)10% *hemichorea(運動麻痺を伴わない)は1例のみで認めた。
予後:脳梗塞の60%、脳出血の50%は通常の生活に復帰

上記で尾状核の血管支配に関して説明しましたが、前レンズ核線条体動脈梗塞では軽度の精神障害を呈するのみで、外側レンズ核線条体動脈梗塞では運動障害なども呈するとされます。

以下に尾状核以外の部位でabuliaなどを呈した症例報告を紹介します。

前頭葉皮質下梗塞でabulia, micrographiaを呈した症例報告 Intern Med 51: 1953-1954, 2012

85歳男性が突然発症のmicrographiaと読書に興味を失ってしまったという主訴で受診し、前頭葉皮質下梗塞を呈していたという症例です。