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良い病歴・悪い病歴 脳梗塞version

研修医の先生方から「何が良い病歴で、何が悪い病歴なのかよくわからない」という質問をよく頂きます。病歴のとり方は現場で逐一直接指導する方法が最も効果的ではありますが、紙面で伝えられる範囲で伝えられればと思います。漠然と説明しても伝わらないと思いますので、ここでは脳梗塞での病歴を例に挙げてまとめさせていただきました。なかなかイメージしづらいかもしれないですが、少しでも参考になりましたら幸いです。

悪い病歴:この病歴のどこが悪いのか?

いきなりですが、まずここであえて悪い病歴の例を挙げます。

■悪い病歴例
「受診当日右手に急に力がはいらなくなり、夫と相談して救急要請し当院受診。」

この病歴のどこが悪いか?をまず考えてみてください。以下でこの病歴がなぜ悪いのか?に関して解説します。

悪い点1:「急に」という表現が「突然発症 (sudden onset)」のことを意味しているのかどうか?が病歴からわからない

過去に突然発症の病歴のとり方に関してまとめさせていただき、その内容とやや重複してしまいますが記載させていただきます(詳しくはこちらをご参照ください)。まず突然(sudden)と急性(acute)は明確に区別する必要があります。「突然発症」は発症時の何時何分が特定できる状況を意味し、「急性発症」は特定できない状況を意味します。突然発症(sudden onset)の代表的な疾患カテゴリーは「血管障害」です。血管が詰まる・破れる・避けるといった病態が突然発症を呈します(このほかにも臓器がねじれるなども該当します)。具体的には脳梗塞・くも膜下出血・大動脈解離などが挙げられます。

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「突然発症」はある時間何時何分と特定できるような状況を意味します。そこで有用な問診は「症状が出た時に何をされていましたか?」という問診です。例えばこの質問に対する答えが「お皿を洗っている最中に右手の力が抜けてお皿を落としてしまいました」という病歴は何時何分を特定できるくらい「突然」の病歴です。このように突然発症の病歴を得るためには、その現場が映像としてイメージできる必要があります。悪い例では状況が全くわからないので何をもって「急に」と表現しているのがわかりませんでした。

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悪い点2:「右手に力がはいらなくなり」に該当する具体的なエピソード(病歴)が欠落しており本当に「脱力」と解釈して良いのかわからない

患者さんが「右手に力がはいらない」と直接表現してくれたとしても、それが医学的に「脱力」なのか「失調」なのかはこれだけの情報ではわかりません。例えば「お皿を持っていたものを落としてしまった」のは「脱力」らしい病歴ですが、「お皿を取ろうとしたらつかみそこねてしまった」という病歴は「失調」の可能性も十分にあります。このように、ただ「力がはいらない」と表現しても、医学的な情報への変換が難しいです。医療者が勝手に「脱力」と解釈してはだめで、きちんと具体的なエピソードから「脱力らいいか?」「失調らしいか?」を詰める必要があります。*病歴に「具体的なエピソードが欠落し、代わりに医療者の解釈が入ってしまうこと」はよくある病歴初心者のミスで注意が必要です。

このような間違えを防ぐためにもやはり具体的な現場のエピソードが何よりも重要で、それこそが良い病歴となります。

悪い点3:右手以外の情報がない

例えば立位が保持できていて通常通り歩けていたのであれば、下肢には筋力低下はおそらくなかったのだろうと推測ができますし、夫と話したのであれば構音障害や失語があれば夫は気がついたはずです。そういった情報が欠落しているため、本当に右手だけの問題としてよいのかどうか?がこの病歴からはわからないところも重大な問題点です。

今までの悪い点を踏まえた上で良い病歴を提示します。

良い病歴

■良い病歴
「受診当日15時ごろ自宅内で皿洗いをしている最中に突然右手にもっていたお皿を地面におとしてしまった。このとき立位は維持可能であり、しゃがんで落としてしまったお皿を右手でとろうとしたが指先に力が入らない感じがありうまくお皿をつかめなかった。おかしいと思い別の部屋にいる夫のところまで歩いて行き、状況を伝えたところ、夫から救急車を読んだほうが良いと言われて救急要請をした。このとき夫は特別妻の喋り方が変な様子などは観察していない。」

→この病歴ではきちんと「突然発症」がわかり、また右手の「脱力」が疑われ(失調ではなく)、また右足に問題はなく(しゃがめているため)、構音障害や失語もない(夫が話し方を確認している)ことが伝わってきて「突然発症の右手脱力」という医学的情報にまとめることが出来ます。悪い病歴との違いがおわかりいただけましたでしょうか?

研修のはじめたては病歴を上手に取るのがなかなか難しく苦労する場面も多いと思いますが、少しでも参考になりましたら幸いです。