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重症筋無力症 myasthenia gravis 臨床症状・分類・検査

病態

正常の神経筋接合部では以下の順序で刺激の伝達が行われます。

1.神経活動電位が前シナプスへ到達
2.電位依存性Caチャネルが開口、Ca ionが細胞内に流入
3.Achを含む小胞がexocytosisによりAChをシナプス間隙へ放出
4.AChがシナプス後膜のnAChRへの結合
5.nAChRのイオンチャネルが開口、Na+流入、K+流出
6.筋終板(筋膜側)で終板電位が発生→刺激が伝わる
7.シナプス間隙のAChはAChE(エステラーゼ)によって分解→cholineはシナプス前膜で再取り込み

このAchRに対する自己抗体ができることで、シナプス後膜の正常ひだ構造が消失してしまい伝達が効率的に行われなくなることが、代表的な重症筋無力症の病態です。

その他に神経筋接合部には以下の通り様々なタンパク質が関与しています。

重症筋無力症での臨床像のPointは以下の3点が挙げられます。

1:筋力低下であり単なる疲労感ではない(true muscle fatigue, not a sensation of tiredness)
・ただの疲労感ではなく、本当に筋力低下が起こることを病歴で取ることが重要です。
・つまり具体的に何か出来なくなることがあるなどの具体的な病歴を積極的に取りに行きます。ただの疲労だけではMGを疑う病歴にはなりません。「本を読んでいると文字が二重になって読めなくなってくる」(ちなみに輻輳は早期から障害されるため近見視での複視は特徴的な病歴)、「夕方になると疲れて腕が上がりづらく洗濯物を干すのが大変になる」。誰でも疲れますが、それが病的かどうかを判断するのが病歴の役割です。

2:特定の筋肉の障害(Specific muscle weakness(not generalized muscle fatigue)
・解剖学的に隣り合っている筋肉が同様に障害されるのではなく、各筋肉がそれぞれ独立して障害される特徴があります。例えば外眼筋障害があったとしても、近くに位置する閉眼筋障害があるとは限りません(これは特にRNSTの解釈でも重要です)。
・傾向としては、近位筋>遠位筋、眼は左右非対称、それ以外の筋肉は左右非対称に障害される場合が多いです。

3:症状の変動(Fluctuations) 日内変動・日差変動
・日内変動は「昼寝をした後症状が改善する」といった休息による改善の病歴や「夕方になると悪くなる」「仕事がある日は調子が悪い」といった増悪の病歴を取る方法があります。
・日内変動が有名ですが、日によって症状が異なる日差変動も重要です。

初発症状
・50%-:眼瞼下垂・複視
・15%:球症状(構音障害、嚥下障害)
・-5%:近位筋
・まれ:頸部筋、呼吸不全、遠位筋

増悪因子

・感染症(特に呼吸器感染症)
・身体的・精神的ストレス
・外科手術
・外傷
・妊娠
薬剤:MGはとにかく併用禁忌の薬剤が多いことが特徴として挙げられます。毎回新規処方薬を出す場合はMG禁忌でないかどうかきちんと調べることが重要です。

1:禁忌ベンゾジアゼピン抗コリン薬・プロカインアミド
2:慎重投与
・抗菌薬:アミノグリコシド、キノロン、マクロライド、テトラサイクリン
・抗精神病薬:抗コリン作用あるため注意
・Mg含有薬:ACh放出抑制作用があるため
・筋弛緩薬
・抗てんかん薬:フェニトイン、バルビツール酸
・プロカイン、キニジン

自己抗体と臨床像

・抗AChR抗体が最も多く全体の約80%程度を占め、次に多いのが抗MuSK抗体の関与するものです。以下に自己抗体と臨床像の違いをまとめます。
*抗LRP4抗体に関しては病原性自己抗体と断定できないと2022年ガイドラインでは記載されています。

■抗MuSK抗体(muscle-specific tyrosine kinase)

臨床像
顔面筋、球症状、クリーゼの頻度が多く、重症例が多い(球症状から発症して急速に進行して呼吸筋麻痺からクリーゼに至る場合があります) 嚥下障害・球症状のアプローチに関してはこちらをご参照ください
・眼球障害は両側性発症が多く(つまり片側発症から対側へ波及する様式をとることはまれ)、外眼筋麻痺が多い(抗Ach抗体陽性例で初期から認めることはまれ JNNP 2017;88:761)
・日内変動に乏しい

・筋萎縮を認める場合も多い

*これらの臨床像から典型的な日内変動のあるMGとは異なり、bulbar-onset ALSとの鑑別が難しい場合があるため注意が必要です。bulbar-onset ALSのmimickerとしての抗MuSK抗体MGの3例がこちらの文献で報告されています。いずれの症例もテンシロンテストは陰性、日内変動の症状はなく、球症状やdropped headが症状で、RNSTも1例のみ陽性で他は陰性と典型的なMG像とは異なり難しい症例です(Intern Med 54: 2497-2501, 2015:こちらの文献はMさんにコメントにてご紹介いただきました。大変ありがとうございます。)

*また抗MuSK抗体MGではfasciculationを認めることが指摘されており、こちらもMさんに教えていただきました。大変ありがとうございます(Muscle Nerve 48:819–823, 2013)。

治療
コリンエステラーゼ阻害薬は効果に乏しい(抗AchR抗体と異なり)
・サブクラスがIgG4なので免疫吸着は効果に乏しく、単純血漿交換療法を実施する(この点に関しては血漿交換療法に関してのまとめもご参照ください)
拡大胸腺摘出術は無効である(推奨sあれない)

■抗LRP4抗体(Lrp4: low-density lipoprotein receptor-related protein 4)

・測定方法の基準が一定ではないことが問題点 *2022年ガイドラインでは病原性自己抗体とは判断されなかった
・筋萎縮性側索硬化症でも陽性となることが指摘されている

■胸腺腫関連

・全体の20%程度を占め、重症例が多い特徴があります
・胸腺内の様々な自己抗原が発現し、非運動症状が多彩(味覚障害、円形脱毛、赤芽球癆、enuromyotonia、心筋炎、免疫不全 JNNP 2013;84:989)

■非運動症状に関して

味覚障害
・MG患者の2.4%(9/371人:日本からの報告)に味覚障害を認めたとされ、特徴としては全例で胸腺腫合併があり、甘みが他の味覚よりも障害される(ここで紹介されている例は「はちみつが味がしない」「チョコレートが砂の味がする」など)、5/9例ではMG症状に先行して味覚障害が出現している、疾患活動性と相関がある、免疫治療により味覚障害が改善している点などが挙げられます(European Journal of Neurology 2013, 20: 205–207)。個人的にもMGでの味覚障害は特徴的な印象があり毎回かならず問診しています。

心筋炎・心臓病変
・胸腺腫合併MGにおいて心筋炎 1-2%合併し突然死のリスクとして重要です。Kv1.4, ryanosineとの関連性が指摘されている。

分類:O/gELTMuN分類

身体所見

■enhanced ptosis

眼瞼下垂が両側性か一側性かを判断するための診察方法です。本当は両側性の眼瞼下垂にもかかわらず、一側の眼瞼下垂が強い場合を考えます。この場合は眼瞼を頑張ってあげようとする刺激は両眼瞼に伝わるため、対側は一見正常に見えてしまう場合があります。しかし、他動的に眼瞼を挙上することで頑張って眼瞼を挙上しようとする刺激が入らなくなるため、対側の眼瞼が下がるという現象です。

具体例は以下の通りです(上:DOI: 10.1056/NEJMicm1611978, 下:Neurology ® 2020;94:e1870-e1871より画像を引用) 。

■triple furrowed tongue

舌の表面は通常なめらかな曲線を描いているが、重症筋無力症ではこの部分に陥凹が出来て3本の陥凹が縦走するように見える(下図はJournal of Clinical Neuroscience 18 (2011) 1274–1275より引用)。

検査

■自己抗体

・抗AchR抗体、抗MuSK抗体は保険適応なので測定します。
・抗体価は患者間では参考になりませんが(患者Aで1000、患者Bで100だからといって患者Aでがより重症という訳ではない)、個人内での値の変動はある程度参考になるかもしれません。抗体価はフォローしないという神経内科の先生もいらっしゃいます。

■ice pack test

準備するもの:冷凍したアイスパック
方法:3-5分程度ガーゼでつつんで押し当てる。眼瞼下垂が2mm以上、明らかな改善を要請とする(非侵襲的であり実施すすめられる)。検査特性はSn:80-92%, Sp:25-100% と報告によりばらつきがある。
*非侵襲的で非常に簡便で有用ですが、眼瞼下垂にしか使用できない点もあります。

■テンシロンテスト

一般名:エドロホニウム 商品名:アンチレクス 製剤:10mg/1A
テンシロン作用機序:抗AchE阻害薬

準備するもの
・アンチレクス1A、生理食塩水
→シリンジ1:生理食塩水10ml(placebo用)
→シリンジ2:アンチレクス1A + NS9ml(本試薬)
・monitor:心電図、血圧、SpO2
・カメラもしくはビデオ(地味にとても重要)
・アトロピン準備(万が一の場合拮抗するため)

方法
1:薬剤投与前の状態を評価
2:まずplaceboを投与し評価
3:次に本試薬(アンチレクス:シリンジ2)を投与し評価
*一気にすべてをIVするのではなく、少しずつ確認してから投与する

効果判定の項目必ず患者ごとに決定しておく(眼瞼下垂の改善、眼球運動の改善、空嚥下回数の改善など患者ごとに決める)

禁忌事項・消化管閉塞・徐脈、房室ブロック・気管支喘息(事前に必ず確認しておく・以下の項目をイメージ)

■RNST(repetitive nerve stimulation test):反復神経刺激試験

詳しくはこちらにまとめがありますのでご参照ください。

■単線維筋電図(single fiber EMG)

・この検査はできる医師が相当限られ(私は恥ずかしながら出来ません・・・)、実施可能な施設が少ないです、ここでは詳細に関しては省略させていただきます

診断基準

・従来は1:臨床症状、2:自己抗体、3:電気生理検査の3つから診断をしていました。しかし2022年の診断基準から「D. 支持的診断所見」として「血漿浄化療法によって改善した病歴がある」という項目が加わり、seronegativeであったとしても他の疾患除外+支持的診断所見を満たせば”probable”に該当すると変わりました。これはdouble-seronegativeの症例での“false negative”により治療の恩恵を受けられない症例を少なくする配慮に伴うものです。

1.症状
以下の自他覚的症状があり、易疲労性と日内変動を伴うこと。
1)眼瞼下垂
2)眼球運動障害
3)顔面筋筋力低下
4)構音障害
5)嚥下障害
6)咀嚼障害
7)頸筋筋力低下
8)四肢・体幹筋力低下
9)呼吸困難
 
2.検査所見(自己抗体)
以下の自己抗体のいずれかが陽性であること。
1)アセチルコリン受容体(AChR)抗体
2)筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(MuSK)抗体
 
3.神経筋接合部障害
1)眼瞼の易疲労性試験陽性
2)アイスパック試験陽性
3)エドロホニウム(テンシロン)試験陽性 *眼球運動障害、低頻度反復刺激誘発筋電図などの客観的な指標を用いて評価する
4)反復刺激試験陽性
5)単線維筋電図でjitterの増大

4:支持的診断所見 *2022年ガイドラインでの変更点
  血漿浄化療法によって改善した病歴がある
 
5:判定
Definite:以下のいずれかの場合
(1)A1つ以上+Bのいずれか
(2)Aの1つ以上+C+他疾患除外
Probable:A1つ以上+D+血液浄化療法が有効な他の疾患を除外

評価方法

基本的に最重症時の状態でMGFA clinical classificationをつけ、QMG scoreでフォローをしていくという流れになります。MGFA classificationは最重症の1ポイントのみの評価であり、フォローの状態ごとに変わるものではないため注意が必要です。

MGFA clinical classification

Class I  眼筋型、眼輪筋の筋力低下も含む。他の全ての筋力は正常
Class II  眼以外の筋の軽度の筋力低下眼の症状の程度は問わない。
 IIa 四肢・体軸>口腔・咽頭・呼吸筋の筋力低下
 IIb 四肢・体軸≦口腔・咽頭・呼吸筋の筋力低下
Class III  眼以外の筋の中等度の筋力低下眼の症状の程度は問わない。
 IIIa 四肢・体軸>口腔・咽頭・呼吸筋の筋力低下
 IIIb 四肢・体軸≦口腔・咽頭・呼吸筋の筋力低下
Class IV  眼以外の筋の高度の筋力低下眼の症状の程度は問わない。
 IVa 四肢・体軸>口腔・咽頭・呼吸筋の筋力低下
 IVb 四肢・体軸≦口腔・咽頭・呼吸筋の筋力低下
Class V 気管挿管されている者、人工呼吸器装着の有無は問わない。眼の症状の程度は問わない。(通常の術後管理として、挿管されている場合は、この分類に入れない。気管挿管はなく、経管栄養チューブを挿入している場合は、Class IVbに分類する。)

■QMG score:症状経過や治療反応性のフォローアップに利用する客観的指標として重要です
*MGの評価フォローはどうしても症状だけだと客観的になりづらいため重要です

量が膨大になってしまったため、治療に関しては別の記事(こちら)で解説させていただきます。

参考文献
・N Engl J Med 2016; 375:2570-2581 MGのreview
・慶応大学病院鈴木重明先生のご講演

管理人追記
2022/5/20 ガイドライン2022改訂に伴い変更点多数修正