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てんかん重積と低体温療法

低体温療法

低体温療法は脳低温療法、TTM(targeted temperature management)など様々な用語が使用されますが、ここでは低体温療法という表現で統一させていただきます。てんかん重積の治療はもちろん抗てんかん薬(現病が自己免疫性脳炎の場合は免疫治療)が主体ですが、薬剤を最大限使用しても治療抵抗性の場合があり、その際に検討される治療法として低体温療法が挙げられます。用語の確認を先にします。

難治性てんかん重積(RSE: refractory status epilepticus):発作から24時間以内に2種類の抗てんかん薬を使用しても臨床的もしくは脳波上でてんかん発作を認める(通常第3段階へ移行する状態をRSEと表現します)

超難治性てんかん重積(SRSE: super-refractory status epilepticus) :静注麻酔薬開始24-48時間でも進展もしくは再発するてんかん重責(第3段階の薬剤を使用してもコントロールが不十分なてんかん重積を表現します)

低体温療法の有用性が一番確立している領域は心肺蘇生後と思います。中枢神経疾患の領域に関しては細菌性髄膜炎に関しては低体温療法導入によって逆に予後が悪くなることが指摘されており推奨されず(JAMA. 2013;310(20):2174-2183.)、頭部外傷に関してはcontroversialです。

機序

低体温療法では、神経細胞アポトーシス予防、ミトコンドリア機能不全の軽減、フリーラジカル産生抑制、脳浮腫軽減、代謝抑制、イオンチャネル抑制などを通じて神経保護に働くのではないか?と考えられています(下図)。

既報のまとめ

低体温療法を導入した成人例の症例報告(既報例)を以下にまとめます。冷却方法は血管内冷却もしくは体表冷却、目標体温は32-35℃程度が多く、だいたい48時間前後の冷却期間を設定しています。低体温療法導入によりそれまで薬剤のみでは難治性であったが、てんかん発作消失に効果があったとする報告も散見されます。しかし、症例報告レベルであり低体温療法の有用性を推奨する確固たる根拠には乏しい状況でした。

*余談:冷却方法に関して 血管内冷却装置もしくは体表冷却装置が一般的です(下図)。

ガイドラインでの現状

各国のてんかん重積ガイドラインでは低体温療法に関して言及がそもそもないか、もしくはデータ不十分とするものが多いです。日本の「小児けいれん重積治療ガイドライン2017」ではCQ10で「難治性けいれん重積に脳低温療法は有効か」→小児の難治性けいれん重積に対し脳低温療法による発作コントロールを試みてもよい(推奨グレードC1)、小児の難治性けいれん重積に対する脳低温療法が神経学的予後を改善するという明確なエビデンスはない(推奨グレードなし)と記載されています。

そしてついに2016年NEJMにランダム化比較試験が発表されました(”HYBERNATUS” trial N Engl J Med 2016;375:2457-67.)。以下にこの研究の詳細をまとめます。

“HYBERNATUS” trial

まずこの論文のPICOをまとめます。P:てんかん重積で挿管・ICU入室となった患者に対して、I:低体温管理群(32-34℃、24時間以上)とC:平温管理群で比較し、P:90日後の機能予後良好(GOS:5)をprimary outcomeに設定しています。

方法に関しては4℃の点滴静注で低体温を導入し、その後は体表を氷などで冷やす方法で低体温を維持(ランダム化割り付け後できるだけ早く)し、鎮静はpropofolを使用、筋弛緩薬併用 しています。両群で持続脳波モニタリングをランダム化から2時間以内に開始し、48時間継続(もしくは低体温群では体温が平温になるまで)、24時間以上burst supressionを維持します。体温は食道温で評価し、最初48時間の間、4時間おきに測定。またPRIS合併がないかどうか最初48時間の間、8時間おきにモニターしています。

てんかん重積の薬剤介入に関しては本研究はフランスのICUで行われていることを反映して、フランスでのてんかん重積ガイドラインに沿って第1段階はジアゼパムかクロナゼパム、第2段階はホスフェニトイン、フェニトイン、フェノバルビタール、バルプロ酸、治療抵抗性の場合はプロポフォールを導入して、bolus投与+持続投与、それでもコントロールがつかない場合はミダゾラムもしくはチオペンタールを追加としています。ランダム化から60分以内に痙攣重積をコントロールすることにしています。

患者背景と実際の体温の推移を下に掲載します。個人的に気になった点を赤字にさせていただきました。

結果はprimary outcomeに関して有意差は指摘できませんでした。

本研究では挿管管理のてんかん重積において低体温療法導入は平温管理と比べて、90日後の機能予後良好(GOS=5)患者の割合に有意差なしという結果でした。

この研究をまとめると以下の表になります。

個人的に気になる点としては以下があります。
・難治性てんかん重積が全体の約1/4程度である点。→実臨床で低体温療法を導入するかどうか悩むのは難治性けいれん重積の場合ではないでしょうか?(薬剤だけで押し切れれば普通は押し切ると思います)

・てんかん重積の原因で脳炎は2例しかない。→実際には脳炎での超難治性てんかん重積で難渋することが多い印象が個人的にはあり、脳炎が原因の場合どうか?に関しては本研究だけでは不明です。

では実際のところ低体温療法を導入するのか?

現状のエビデンスとしてはてんかん重積に対して低体温療法を導入する積極的な根拠には乏しいと言わざるを得ないと思います。しかし、やはり症例ごとに効果があるもの、ないものもおそらくあり、特に効果があったとする症例報告の多くが難治性~超難治性てんかん重積であることも踏まえると、NEJMのRCTの結果だけをもとに低体温療法は有用ではないは言い切れないのではないか?と個人的には思います。

この領域はガイドラインも明確な立ち位置を示してくれていないので(AESのガイドラインも2016年でちょうどこのRCTが出た直後ですし、NCSのガイドラインも2012年なのでこのRCTが発表される前)、現状は個別ごとの判断、施設ごとの判断になると思います。

今回議論に挙がったため「てんかん重積と低体温療法」に関して既存の報告などをまとめさせていただきました。皆様方の施設ではどのようにされていらっしゃるか、もしよろしければコメントいただけますと幸いです。