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咽頭痛へのアプローチ

咽頭痛は救急外来で非常にcommonな症候で、圧倒的に軽症なウイルス性咽頭炎が多いですが、見逃すと致死的に至る感染症も多く存在します。”Killer sore throat”を見逃さないためには解剖の理解と、解剖と対応するred flagの症状を把握することが一番重要です。

1:咽頭の解剖

咽頭の解剖部位の名称をきちんと理解できていないと、一体咽頭のどこのことを指しているのか分かりません(カルテにも「咽頭発赤なし」としか書けません・・・)。ここで咽頭の各解剖の名称を再度確認します。

ちょっと哲学的ですがやはり名前が付くと認識しやすくなります。まず正しい解剖と名称を理解することが基本です。一般的に言われる「咽頭発赤なし」というのは「咽頭後壁発赤なし」を意味していることが多いと思いますが、ヘルパンギーナでは口蓋弓や口蓋垂に潰瘍を形成しますし(下図参照)、咽頭後壁が咽頭の全てではありませんので注意です。

扁桃腺:扁桃腺の中でも一般的に観察することが出来るのは、口蓋扁桃です。口蓋扁桃の所見としては白苔の付着の有無が重要ですが、白苔はべとっと毛布をかぶったように付くこともあれば、陰窩のところにぽつぽつと白苔が付着していることもあります。以下は自験例の溶連菌感染患者さんの口蓋扁桃で、陰窩に白苔が付いていることがわかります。

白苔の付着の仕方から原因を鑑別することは困難です。以下はEBVによる伝染性単核球症の自験例での所見ですが、上記溶連菌例と同じ様に白苔は付着しています。

口蓋垂:口蓋垂は「偏移がないかどうか?」を確認する必要があります。扁桃周囲膿瘍などで周囲からの圧迫があると偏倚するので重要な所見です。

:口腔内衛生環境を観察することは慣れないと難しいかもしれませんが重要です。Lemierre症候群にしても、Ludwig’s anginaにしてもそのほとんどが歯を感染の侵入門戸としています。普段から発熱患者さん歯の状態を含めた口腔内衛生状態を確認する習慣を付けたいです。

2:Killer sore throat

咽頭痛診療でまず一番重要なことは致死的な咽頭痛をきたす鑑別疾患(一般的に”killer sore throat”と表現します)を除外することです。ここでも解剖との対応関係を確認します。左に矢状断像、右に横断像を載せます。

これらを鑑別する上でいきなり造影CT検査ではなく、当たり前ですがまずは問診です。咽頭痛で必ず確認するべき問診事項を解剖学的対応関係と合わせて載せます。

流涎:唾液の飲み込みが難しくなることで流涎が生じます。急性喉頭蓋炎、咽後膿瘍、Ludwig’s anginaなどで注意が必要な所見です。

声の変化:急性喉頭蓋炎での”muffled voice”が有名です。

嚥下困難:咽頭後壁に炎症が強いと上咽頭収縮筋がうまく収縮出来ない、もしくは炎症によって咽頭が狭くなることで通常の嚥下が難しくなります。

開口障害:傍咽頭間隙を経由し、咀嚼筋へ炎症が及ぶと咀嚼筋が収縮した状態で固定されてしまい開口障害をきたします。傍咽頭間隙が深頸部感染症において重要な解剖構造です(詳細はこちらをご参照ください)。

3:傍咽頭間隙

前に咽頭後間隙(retropharyngeal space)に関してまとめましたが(こちら参照)、ここでは傍咽頭間隙(parapharyngeal space)に関してまとめます。killer sore throatの理解のために重要な解剖です。

あまりにややこしい頸部深部の解剖ですが、傍咽頭間隙をひと言で表現するなら「深頸部の配電盤」です。つまり深頸部の様々な構造を解剖的につなぐ役割があります。いろいろな構造物がありますが、とりあえず傍咽頭間隙を抑えておけば深頸部の解剖がわかりやすくなります。周囲の咽頭後間隙、扁桃、頸動脈鞘、歯(顎下部も)、咀嚼筋、耳下腺と全ての構造物と接しているため、感染が傍咽頭間隙に達するとそこを経由した他の部位に炎症が波及していきます。下の絵はUp to date “Deep neck space infections in adults”での図を参考にさせていただきました。

深頸部解剖構造の対応関係をまとめると下図の様になります。色々な解剖構造が傍咽頭間隙を経由して他の解剖構造とつながっていることがわかると思います。

炎症が咽頭間隙(特に”danger space”)に波及すると縦隔炎に至ります。また炎症が咀嚼筋に及ぶと開口障害が出現します。歯の感染症が咽頭周囲、縦隔へ波及するのためにも一度傍咽頭間隙を経由してから波及していきます。

Ludwig anginaは歯からの感染が口腔底感染→顎下間隙→傍咽頭間隙を経由して縦隔に至ることで縦隔炎をきたします。

Lemierre症候群は歯や咽頭周囲の感染が傍咽頭間隙を経由して頸動脈鞘へ波及することで、血栓性静脈炎をきたします。

このように傍咽頭間隙は深頸部感染症の理解のためにとても重要な解剖構造です。