複視は鑑別の種類も多くいやな症候です。以下のフローチャートに則って鑑別を私はしています。
1:複視は両眼 or 単眼?
脳神経から外眼筋へ至る経路によって生じる複視は左右の眼が共同して動けないため、結像が網膜上でずれることによって生じます。このため両眼で複視を生じますが、単眼では複視を生じません。
一方で、単眼で複視を訴える場合は眼球の問題で外眼筋の問題ではありません。この場合は眼科に診察していただき、頭蓋内の精査は通常必要ありません。複視の1st stepとして基本中の基本ですが、たまに忘れてしまっているケースがあるので注意したいです。(以下での複視は全て両眼性複視のことを意味します。)
2:眼球運動の評価
■眼球運動評価
基本ですが、眼球運動は下図の方向・筋肉・支配神経の対応関係にあります。
指標をだして眼球運動を評価します。4方向ではなく、上図の矢印の方向(6方向)で記録するのが良いと思います(同時に必ず輻輳もチェック)。必ず写真に記録を残しておくことをお勧めします。
動眼神経麻痺に関してはこちら(動眼神経麻痺は眼瞼下垂や瞳孔の障害を伴う場合があります)、滑車神経麻痺に関してはこちら、外転神経麻痺に関してはこちらをご参照ください。
また単独の脳神経の障害ではなくても、MLF障害でも複視が出現するため注意が必要です(単眼のみの内転障害から疑います)。MLF障害に関しては詳しくこちらにまとめましたのでご参照ください。動眼神経麻痺とMLF障害はよくお互いに間違えられることがあるため注意が必要です。
神経支配に合わない眼球運動制限を認める場合は神経接合部~筋疾患の可能性を考慮し、特に頻度が多いものとしては甲状腺眼症と重症筋無力症が挙げられます。
■複視のずれ方 + ■複視増悪の向き(左右上下・遠方・近方)
「眼球運動を評価すればそれだけで良いじゃないか?」と思うかもしれませんが、それは間違いです。もちろん赤ガラス試験(red glass test)やHessチャート(Hessチャートに関してはこちらに解説があります)などで厳密にやれば軽微な眼球運動障害もひろえますが、指標を目で追うだけの眼球運動障害ではごく軽度の外眼筋障害を容易に見逃してしまうからです。
例えばMiller Fisher症候群の初期はぱっと診察しただけでは外眼筋障害がはっきりしないけれど複視を訴える場合があります。これを「診察では眼球運動が問題ないのに、複視を患者は訴えている。これは精神的な問題だ!」と片付けるには絶対にだめです。指標での眼球運動障害評価は軽微なものは拾いきれないことがあることを把握しておくべきです(本当にちょっとの眼球のずれで私たちは複視を感じます)。このためただ眼球運動の評価だけで終わってはだめで、どの方向で複視が増悪するのか?どのようにずれるのかを確認することが極めて重要です。
一般的に眼球運動の障害がある側を注視すると複視が増悪します。例えば右の外転障害がある場合、右方視によって複視は増悪(より離れて二重に見える状態)になります(下図)。
たとえ指標での眼球運動の評価で眼球運動障害がはっきりしなくても、例えば上記の様に右方視で複視が増悪することが再現性を持って確認されれば、小さな右外転障害もしくは左内転障害があるかもしれないと考えるべきです。
<病歴から疑う障害まとめ>
・横に二重:内転もしくは外転障害(MLF, 外転神経麻痺など)、縦に二重:上斜筋(滑車神経麻痺)、斜めに二重:動眼神経麻痺
・近方で増悪:輻輳/内直筋障害(動眼神経麻痺)
・遠方で増悪:外転/開散障害(外転神経麻痺)
・姿勢で増悪/改善:滑車神経
3:発症様式、頭痛の有無
複視でとにかく除外しないといけないのは、脳動脈瘤です。切迫破裂の場合は緊急手術が必要だからです。教科書には脳動脈瘤による動眼神経の圧迫は散瞳をきたし、外眼筋麻痺を呈さない場合があることが有名ですが、実際には全てがこの通りな訳ではありません。突然発症の複視、もしくは頭痛と複視が同時に発症した場合は必ず脳動脈瘤を除外しましょう。
突然発症の病歴と頭痛がひろえた場合にはそれだけで緊急画像検査と脳神経外科にコンサルテーションが必要です。
4:他の脳神経障害の合併はないか
「1つ脳神経障害を見つけた場合は、他の脳神経障害の合併がないかどうか探す」というのは鉄則です。1つだけと複数では鑑別が変わることと、例えば複数でもⅢ、Ⅳ、Ⅴ1,2、Ⅵとホルネル症候群だと海綿静脈洞が原因とわかるように「脳神経障害の組み合わせと解剖部位の対応関係がある」ためです。こうすることで画像検査でどこを狙うか?どのような原因疾患を疑うか?により深くアプローチすることが出来ます。
5:鑑別
以下に解剖部位ごとの病態をまとめます。
6:検査
以下に複視で行う検査を列挙します。もちろん全てを行う訳ではなく、疑う病態に応じて実施します。
採血検査:ビタミンB1(Wernicke脳症)、抗Ach受容体抗体(重症筋無力症)、甲状腺機能(甲状腺眼症)、ANCAなど
髄液検査:脱髄疾患、脳幹脳炎、肥厚性硬膜炎、腫瘍転移などの評価(髄液細胞診必須)のため実施
神経生理検査:RNST(重症筋無力症の評価)
単純・造影CT:副鼻腔病変
造影MRI:海綿状脈洞、眼窩先端部などの評価+脳腫瘍の評価には造影MRIが必要。外眼筋の肥厚(甲状腺眼症)や菲薄化(CPEO)などの評価のために眼窩部のcoronal撮影も必要です。
MRA:動脈瘤除外目的
以上「複視」の鑑別方法に関してまとめました。