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静脈灌流量 Venous Return

静脈灌流量(Venous return)とは、静脈から心臓へ戻ってくる血流量のことです。普段全身の循環動態を考える場合、ついつい左心系に注目してしまいますが、実際には右心系が果たす役割も大きくここで解説します。

1:血流量をどう表現するか?

静脈灌流量を考えるにあたってまずは血行動態の物理的背景をここで解説します。血流量は還流圧差(Δ還流圧)と血管抵抗により決まり、「血流量=Δ還流圧/血管抵抗」と表現します。これは高校生のときに勉強した電気回路の「電流=Δ電圧/抵抗」と同じ関係です。今回はこれを2つの水槽を水道管でつないだイメージで考えてみます。「血流量:流れる水の量」、「Δ還流圧:水圧の差」「血管抵抗:蛇口の締める強さ」という対応関係になります(下図)。

水圧の差が大きいほど水流は大きくなり、水圧の差が小さいほど水流は少なくなります(Δ還流圧が大きいと血流量が大きくなり、Δ還流圧が小さくなると血流量が少なくなる)。また、蛇口を強く締めると水流は少なくなりますが、蛇口を緩めると水流は増加します(血管抵抗が高くなると血流量が増加し、血管抵抗が低くなると血流量が低下する)。このように考えるとイメージしやすいと思います。

2:静脈灌流量 Venous Return

今まで勉強してきた血流・Δ還流圧・血管抵抗の関係性を実際の静脈灌流量に当てはめて考えてみます。ここでは”Stressed volume”, “unstressed volume”という概念の理解が必要になるので先に説明します。

■”Stressed volume”, “Unstressed volume”

静脈は動脈と異なり、容量がすぐに静脈灌流量に関与するわけではありません。容量が”0″に状態からコップに水を入れていく様子をイメージすると、最初のうちは”unstressed volume”として静脈灌流量に関与せず、ただ血管床を満たすためだけの容量です。しかし、ある点を超えると”stressed volume”になります。

まとめると以下の通りです。

静脈血全容量=”unstressed blood volume” + “stressed volume”
1: unstressed blood volume:血管床を満たすためだけの容量
2: stressed blood volume:静脈圧に貢献する容量

普段”Stressed volme”は全体の20-30%程度ですが、血管収縮が起こると”stressed volume”が増加し、その分”unstressed volume”が低下するという”stressed volume”へのシフトが起こります。逆に血管拡張が起こると”Stressed volume”が低下し、その分”unstressed volume”が増加します。血管収縮薬や血管拡張薬はこのような作用も担っています。下図では同じ血管内容量でも血管収縮により、静脈圧が上昇する(つまり”stressed volume”にシフトする)ことが示されています。

■静脈灌流量 Venous Return

静脈灌流量を決めるパラメーターをまとめると以下の通りになります。
・Δ還流圧=Stressed volumeの圧 – 右房圧
・血管抵抗=大静脈の血管抵抗

静脈のうち静脈還流に影響を与えるのは”Stressed volume”なので、この”Stressed volume”の圧がかかります(”unstressed volume”は静脈還流に関与しないためここでは出てきません)。そして静脈還流は右房に流入するため、右房圧がかかります。この”Stressed volume”の圧と右房圧の差がΔ還流圧となります。ここをつなぐ水道が「大静脈」になり、その蛇口の締め具合が大静脈の血管抵抗になります(下図参照)。

捕捉ですが、静脈は大きくわけると容量血管と抵抗血管に分けることができ、そのほとんどは血液をプールしている容量血管です(全体の約70%を占めておりふいごのようになっています)。その容量を心臓へ伝える導管の血管が大静脈(IVC, SVC)でここが血管抵抗を担っています。

話を戻します。右房圧が上がると静脈灌流量は減少し、右房圧が下がると静脈灌流量は増加します。また”Stressed volume”圧が上がると静脈灌流量は増加し、”stressed volume”圧が下がると静脈灌流量は低下します。これも上図の水の流れをイメージすると分かりやすいと思います。

これを横軸(X軸)に右房圧、縦軸(Y軸)に静脈還流を置いて、上図のイメージをグラフで幾何学的に表現することこのようになります。

次の各パラメータの変化が上のグラフで幾何学的にどのように表現されるかを考えます。

まず、例えば輸液をすることで”Stressed volume”圧が上がった状況を考えます。グラフの傾きには関係なく、切片は上昇します(上式参照)。するとグラフは全体的に上へシフトします。右房圧(X軸)が変化しない場合はグラフが上にシフトすることで、静脈灌流量(Y軸)が上昇します。

次に大静脈の血管抵抗が上昇した場合を考えます。グラフの傾きは分母に血管抵抗があるため小さくなり、切片はこれも分母に血管抵抗があるため小さくなります。その結果下図のようなグラフになります。右房圧が同じ場合は静脈灌流量は減少することが分かります。

3:心拍出量との関係

循環は閉鎖回路なので(どこかに血液が逃げる訳ではない)、心臓にとっての”in”と”out”は同じになり、「静脈灌流量」=「心拍出量」となります。

これを先のグラフで考えます。「静脈灌流量」=「心拍出量」となる点は、2本のグラフが重なる交点になります。

4:循環作動薬による変化

今までは正常例での静脈灌流量と心拍出量の関係をみてきました。ここでは薬剤による静脈灌流量や心拍出量にどのような変化が出るかをグラフを使いながらみていきます。

■細胞外液輸液

1:静脈灌流量
・血管抵抗:低下(血液粘稠度が低下するため) *下式n:血管粘稠度
・Stressed volume:上昇
2:心拍出量
・後負荷:低下(血液粘稠度が低下するため) *下式n:血管粘稠度

■血管収縮薬

1:静脈灌流量
・血管抵抗:上昇
・Stressed volume:上昇(unstressed volumeからstressed volumeに再配分が起こるため)
2:心拍出量
・後負荷:上昇

■強心血管拡張薬

1:静脈灌流量
・血管抵抗:低下
・Stressed volume:低下(stressed volumeをunstressed volumeへ再配分される)
2:心拍出量
・後負荷:低下
・心収縮力能:上昇

■強心血管収縮薬

1:静脈灌流量
・血管抵抗:上昇
・Stressed volume:上昇(”unstressed volume”から”stressed volume”へシフトするため)
2:心拍出量
・後負荷:上昇
・心収縮力能:上昇

参考文献
・”The Role of Venous Return in Critical Illness and Shock—Part I: Physiology” Crit Care Med 2013; 41:255–262 静脈還流の生理学をまとめた神reviewです。これさえ読めば後は必要なし、この項使用したグラフも全てこの論文から印象しております。

以下頂いたコメント回答用の図表になります。

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