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心電図「ST上昇」との戦い

  • 2020年4月10日
  • 2024年6月24日
  • 循環器

救急外来、病棟当直で1人で心電図を読み判断しないといけない場面は沢山あります。そこで最も重要なのは”STEMI”(ST上昇型急性心筋梗塞)をいかに見逃さずに素早く循環器Drにコンサルテーションするか?という点です。しかし、国家試験で勉強したときのような典型的なケースは実臨床では少なく、これは”STEMI”なのか?と頭をかかえることも多いです。悩ましい心電図「ST上昇」との戦いをここから解説します。

1:ST上昇はどこで判定するか?

まず前提知識として、ST上昇は「基線」から「J点」の距離を測定します。
・ J点:QRSが終わりS波の最初の変曲点(曲線の凹凸が変化する場所)
・基線:T波の最後から次のP波まで

誘導により「何mm以上をST上昇とするか?」の基準があり、
通常の誘導(連続する2誘導以上):1mm以上
V2~V3:2mm以上(40歳未満男性:2.5mm以上、女性は1.5mm以上)*V2, V3は軽度の上昇は正常例でも認める場合があるため、前回心電図との比較、またある程度「しっかり」上昇しているかを確認。
aVR:0.5mm以上 
V7, V8, V9:0.5mm以上 (後壁梗塞を疑う場合)
となっています。

2:各誘導の解剖学的対応と鏡像変化”mirror image”

ST上昇型心筋梗塞において、「ST上昇は必ず対応する解剖部位」があります。実際にST上昇型心筋梗塞では2つ以上の連続した誘導でのST上昇が必要条件となっています。このため、「各誘導と対応する解剖」を事前に知識として知っておく必要があります。心電図をみて「なんとなくここの1つの誘導でSTが上がっているように見えるからSTEMIかな?」という解剖知識に基づかない思考過程は間違っているということです。必ず各誘導と対応する解剖を理解していないといけません。具体的な対応関係を下図にまとめました。

実際の心電図での対応関係を下に載せます。前壁と下壁は比較的簡単ですが、側壁は心電図上でとびとびの場所にあるためやや最初のうちはイメージがしづらいかもしれません。また後壁に対応する誘導は通常の12誘導心電図ではない点に注意が必要です。

・ST低下か虚血との解剖部位の対応関係はありません(ST上昇と異なり)。
陰性T波は例外的に閉塞部位との対応関係があります

*おまけ:特殊な誘導の貼り方まとめ 意外と重要です!

■右側誘導 V3R, V4R

Ⅱ・Ⅲ・aVFでST上昇を認める場合は右室梗塞合併がないかどうか右側誘導を確認します。V1, V2はそのままの位置で、V3~V6を左右対称に貼るだけでOKです(下図参照)。

■後壁誘導 V7, V8, V9

後壁梗塞を調べるために使用します。後壁梗塞は唯一通常の誘導ではST上昇をとらえられず、V1~V3での鏡像変化(ST低下、R波増高、T波上向き)から推測する必要があります。まず肩甲骨下端にV8を貼り(元々V2)、V6とV8の中点がV7(元々V1)、V8と脊柱脊柱の中点がV9(元々V3)とします。

3:STEMIの非典型例

以下では必ずしもST上昇を認めないが、STEMIに準じた対応が必要な病態・心電図変化を紹介します。

■Hyper acute T wave

ST上昇型心筋梗塞で一番最初に現れる心電図変化としてT波増高は有名です。その他の原因として高K血症でもT波増高を認め、形態の特徴が指摘されていますが(STEMI:左右非対称ですそが広い、高K血症:左右対称で細い)、実際にはT波の形態から鑑別することは難しいです。形態だけから鑑別することは危険なので注意が必要です。

■Wellens syndrome

左冠動脈近位部に病変を認める場合、V2,V3に陰性T波を認め、心筋梗塞へ移行するリスクが高いことが指摘されており、これをWellens syndromeと表現します。形状としては深い陰性T波を認める場合と、二峰性に陰性T波を認める場合があります(下図参照)。

■V1~V3: ST低下

後壁梗塞は唯一12誘導で対応する誘導がないため、鏡像変化から診断する必要があります。具体的にはV1~V3が鏡像変化の誘導となり、ST低下・R波増高・T波上向きなどが所見となります(下の心電図はN Engl J Med 2019; 381:e32より参照)。疑う場合は後壁誘導V7, V8, V9を貼って確認します(貼り方は上記参照)。

■aVL: ST低下

下壁梗塞の鏡像変化としてⅡ・Ⅲ・aVFのST上昇よりも先に出現する場合があるため注意が必要です。

■aVR: ST上昇

これはST上昇ですが、aVRは0.5mmのST上昇で有意ととります。左冠動脈の主幹部病変と対応しており、その他の広汎な誘導でST低下を認めます。私も何例か経験がありますが、いずれの症例も同日中に亡くなってしまうほど急激な経過でした。(下の心電図はJ electrocardiol 2013;46:240より参照)

胸痛を受診した症例を念頭においた注意するべき非典型的心電図所見を、実際の心電図に記載してまとめました(肺塞栓症を疑う所見も混ぜています)。

4:ST上昇の鑑別

■早期再分極

早期再分極は頻度が多いですが、”STEMI”との鑑別点としては
・ST上昇の部位:早期再分極では胸部誘導を含む広範囲(肢誘導のみはなし)
・ST上昇の形状:下に凸のST上昇・J点の”notch”(ノッチ)
が挙げられます(以下にまとめます)。

■脚ブロック

脚ブロックでは再分極障害があるため心電図上ST-T変化をきたします。このため一般的に脚ブロックで虚血の評価は難しくなります。しかし虚血かどうかを判断するのに役立つツールがあり、その代表的なものが「極性」の変化です。脚ブロックではQRSとSTの極性が上下逆になることが一般的です(これを“discordant”と表現します)。虚血ではこの極性が上下同じになることが特徴です(これを“concordant”と表現します)。

・左脚ブロックの場合

虚血かどうかの判断として有名なものに“Sgarbossa criteria”があります(下図)。細かい内容の様に一見見えますが、これも上記の極性が上下逆か?上下同じか?の原則に則っています。

・右脚ブロックの場合

右脚ブロックではST-T評価は左脚ブロックと違い可能です。先の極性以外にもSTが上昇しているかどうかも合わせて評価します。

■”Strain pattern”

背景に高血圧がある左室肥大に伴う再分極障害を反映してST-T変化が起こります。以下に代表的な”Strain pattern”の心電図を載せます。

*たこつぼ型心筋症は現場ではCAGをしないと最終的に分からず、心電図だけでSTEMIと完全に区別することは出来ないため体裁を割愛します。

5:実態の対応

上記を踏まえて、実際の対応ながれをまとめます。
1:典型的な解剖学的に対応するST上昇があるかどうか?(前壁、側壁、下壁)
2:非典型的所見がないか?(後壁梗塞、aVR:ST上昇、Wellens syndrome(V2, V3:陰性T波)、mirror imageの先行(aVL: ST低下))
3:ST上昇をきたす他疾患の可能性は? (早期再分極・脚ブロック・”Strain pattern”)
→最終的に”STEMI”と判断という流れになるかと思います。

参照:心電図ハンター 胸痛/虚血編 著:増井伸高先生
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