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一過性全健忘 TGA: transient global amnesia

一過性全健忘(TGA: transient global amnesia・以下TGAと表記します)は日常臨床で比較的よく遭遇する疾患です(私は今年2~3か月に1回くらい)が、はじめて診療にあたったときは奇妙で不思議な感覚を今でも覚えています。臨床的な特徴をまとめます。

1:病態・誘因

一過性全健忘の「全: global」は「前向性健忘」と「逆向性健忘」いずれも含むことを表現しています。また一過性は24時間以内に自然軽快することを意味します。病態の首座は「海馬」、特に海馬アンモン角CA1の脆弱性が指摘されています(後で述べる頭部MRI検査でも病変はCA1に限局しています)。

TGAの誘因は50~90%程度で認め、様々なものが指摘されており、具体的には精神的ストレスValsalva負荷(静脈還流障害による海馬の機能障害の可能性)、身体的負荷などが挙げられます。

142例のTGA患者を検討した論文では男女でリスクに違いがあるのではないか?とも指摘されており、男性は身体的ストレスとの関係があり(下青色)、女性は精神的ストレスとの関係があり(下オレンジ色)、56歳未満では片頭痛の既往と関係がある(下緑色)と指摘されている(Brain 2006; 129: 1640)。

疫学としては50~70歳台が全体の約75%を占め最も多く、40歳以下は比較的まれとされています。(Brain 2006; 129: 1640 参照)

2:臨床症状

先ほど述べたように「前向性健忘」と「逆向性健忘」どちらも認めることが重要です。特に重要なのが「前向性健忘」の確認です。

■前向性健忘

受診時にまだ病態が持続している場合(前向性健忘が持続している場合)は、診察で前向性健忘を指摘することができます(「診療医の名前をすぐに忘れる」、「どうやって病院に来たかを忘れる」、「なぜここにいるかが分からない」など)。この場合は前向性健忘の確認は簡単ですが、逆に24時間以内に元通りになるかどうかの確認が困難なので、その他の急性健忘をきたす疾患の鑑別が重要です。

問題は受診時には病態が終息して前向性健忘が終わってしまっている場合です。この場合は家族に前向性健忘があったときの様子を教えてもらい、それが前向性健忘であったかどうかの確認が必要になります。何度も同じ質問をくりかえし、「私何をしているんだっけ?」「どうしてここにいるんだっけ?」といった質問を家族にしているかどうかを確認する必要があります。本人は「何かがおかしい」ことは理解していますが、それが「記憶」の問題であることは認識できません。

■逆行性健忘

前向性健忘と同時に逆行性健忘を認めます。この特徴は、病態が終息するにつれて逆行性健忘の期間が短くなることです(最終的には発症ほぼ直前までの記憶が回復する)。家族から1週間前本人が何をしていたか?前日本人が何をしていたか?おかしくなる前何をしていたか?などを予め確認しておき、本人に尋ねる必要があります。

TGAの自然経過を下図にまとめましたので参照ください。TGAでは青点線四角でかこった範囲の出来事は一生思い出すことが出来ません。

健忘とは関係ないですが、 頭痛、嘔気、ふらつきといった随伴症状を伴う場合があるとされており、これらはTGAを否定する所見ではないため注意が必要です。下図のような症状が報告されています (Brain 2006; 129: 1640 参照)。

3:診断

TGAの診断は「臨床診断」で病歴だけで診断することが出来る素敵な疾患です。提唱されている診断基準は、

・前向性健忘が他覚的に確認されている
・意識障害や自己同一性障害を認めない
・認知機能障害は記憶のみ
・神経学的巣症状や痙攣の所見を認めない
・最近の頭部外傷や痙攣を認めない
・24時間以内の症状改善
・頭痛、嘔気、ふらつきといった症状が急性期に随伴する場合あり

となります。これは上記の症状でも解説したことになります。

TGAらしさとらしくなさに関して下図にまとめました。

実際のアプローチとしては、記憶障害のチャプターでも解説しましたが、患者さんは「記憶がおかしい」と受診することはなく、「なんとなく様子が変だ」と家族が連れてくる場合が多いため、記憶障害に限局するかどうかを確認する必要があります。具体的には、
1:覚醒障害、注意障害がない
2:高次機能のうち「記憶だけ」が障害されている
3:他の神経学的異常所見がない
→ここまでで記憶障害の鑑別
4:前向性健忘の他覚的確認
5:外傷、けいれん、低血糖、薬剤といった器質的疾患の除外
6:24時間以内に病態が終息することの確認
7:必要あれば頭部MRI検査
というアプローチになると思います。

■鑑別診断

「急性発症の健忘」の鑑別は下記が挙げられます(下図 Nat. Rev. Neurol. 9, 86–97 (2013))。

・脳梗塞
・薬剤副作用
・TEA(transient epileptic amnesia)
・心因性健忘(解離性障害、遁走)
・うつ病増悪、電気痙攣療法後
・頭部外傷
・低血糖
・脳血管造影後
・辺縁系脳炎

とくに鑑別にややこしいのがTEA (transient epileptic amnesia)です。発作時間が短い(1時間以内)、自動症を伴う、その他の発作が共存する、再発率が高い、脳波異常を伴う(1/3は脳波正常)、抗てんかん薬が効果あるなどがTGAと区別するための特徴になります。以下にTEA, TGA, 心因性健忘の違いをまとめました。

脳梗塞で健忘をきたす代表は海馬梗塞、視床梗塞になります。海馬梗塞に関してまとめた論文( Stroke. 2009;40:2042 )では、海馬梗塞患者で海馬単独梗塞はなく、全ての例で他のPCA領域に梗塞を認めたと報告されている。そのため、臨床的には半盲などの他のPCA領域の所見がないかどうか確認することと、頭部MRI検査ではその他の部位に画像変化を認めないかどうか認めるとよいと思います(TGAでは海馬のみに病変が限局する)。画像パターンとしては下記4パターンが指摘されており、これらに合致するかどうかを確認します。

■頭部MRI検査

TGAで病変は海馬のCA1領域に限局し、病変の数は単独のこともあれば複数の場合もあり、病変の大きさは1~5mm程度と様々です。

また病変検出は時間依存的であり、発症24時間以内は病変を認めないが、24~72時間で最も病変を検出しやすくなり、7~10日程度で病変が検出できなくなる経過をたどります(発症直後はむしろ画像変化を認めない点に注意 下図参照)。

TGAの診断は臨床診断が基本ですが、このような特徴的な画像所見を有するため頭部MRI検査も診断補助に有用です。

以上TGAに関してまとめました。