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ODS: osmotic demyelination syndrome 浸透圧性脱髄症候群

0:はじめに

学生の時に勉強したときのイメージと実際の臨床像が全く違う疾患の1つと個人的には思います(学生の時にはこの疾患になったら死しかないと思っていましたが、実際には違います)。まず、疾患概念の理解の助けにもなるので、この疾患概念の推移を簡単に記載します。

1959年Adamsらによって橋中心性脱髄症候群CPM(central pontine myelinosis)の症例が初めて報告(AMA Arch Neurol Psychiatry 1959; 81:154)され、その後橋以外の部位での脱髄(EPM:extrapontine myelinosis)も報告されるようになりました。 当初はアルコール依存と低栄養によるものと考えられていました。

1970年代になって低Na血症の補正で起こることが分かってきました。この時期は基本的に剖検例での診断のため、予後は極めて悪い疾患ととらえられていました。

その後MRIで軽症のものから診断することができるようになり、予後がよいものも存在することが分かり、また低Na血症補正以外にも電解質異常、肝移植後患者などでもこの疾患が起こることがわかりました。

おおまかにこのような経緯があります。疾患の名称もより包括的にODS(osmotic demyelination sydrome:浸透圧性脱髄症候群)と呼ぶことが一般的になっています。

学生時代にはほとんど死んでしまう病気と勉強した気がしますが、MRIでの検出感度向上によりより疾患概念が広くなってきてより軽症な症例もひろうことが出来るようになってきた経緯があります。このようにMRIがこの疾患概念の理解に寄与した役割は大きいです。

1:病態

慢性の低Na血症では細胞内液量を代償機構により調整していますが、そこにNaの急激な上昇がると、細胞内外の浸透圧差を是正できず、細胞内液量が減少してしまい脱髄、apoptosisに至ります(以下図1~5参照)。特にオリゴデンドロサイト、ミエリンで起こりやすいとされており、これらが多く存在する橋・基底核で障害が起こりやすいとされています。

2:基礎疾患

背景疾患としてアルコール依存が約半数と最も多く、その他肝硬変、低栄養、肝移植、腎障害などが報告されています。

3:症状

障害部位からCPMとEPMで対応する症状を考えると分かりやすいです(下図)。
CPM(central pontine myelinosis)では橋レベルの障害によって網様体が障害されると意識障害が起こり、錐体路が障害されると四肢麻痺、また脳神経核が障害されると構音障害、嚥下障害などが起こります(中脳レベルの動眼神経が保たれえるとlocked-in syndromeにようになる場合もあります)。低Na血症が原因の場合は、Na補正の2~8日後に構音障害、嚥下障害を発症し、その後四肢麻痺に至る経過が一般的とされています。

EPM(extrapontine myelinosis)では基底核領域が障害されることで、parkinsonism(無動、筋強剛、振戦)などが中心に起こる場合があります。

具体的な症状の頻度に関しては以下の様になっており、脳症(意識障害)が37.1~44.5%と最多で、次に痙攣12.5~24%、麻痺9.8~28.8%、構音障害0~11.5%、失調8~14.4%、眼球運動障害8~8.3%、昏睡7.1~14%が挙げられます。

4:画像検査

この疾患の診断で画像検査(MRI)は極めて重要です。以下に各項目ごとの特徴を記載します。

・部位
CPM 50%:橋
EPM 50%:橋以外 *CPMがなく、EPMだけの場合もあります
皮質下白質・被殻・尾状核・視床(外側に多い)・中脳内包・外包・脳梁>海馬・皮質>外側膝状体

・形態:円形・三角形・trident(ポセイドンが持っているほこの形)などで左右対称であることが多いです。橋が障害される場合は辺縁部がspareされて中心部の障害が特徴的です。

下図橋中心部の円型信号変化( J La State Med Soc 2017 ;169:89 参照)

下図三角形の信号変化(参照 Semin Ultrasound CT MRI 2014;35:153)

下図”trident sign”(参照 Semin Ultrasound CT MRI 2014;35:153)

下図EPM (参照 Semin Ultrasound CT MRI 2014;35:153)

皮質下白質病変:脳回の先端部(crown・山側)が障害されやすく、灰白質と白質が混在する部位が多いとされている(下図はいずれも The British Journal of Radiology, 85 (2012), e87 )。

・T2WI:一般的にT2WI高信号、T1WI低信号となります。発症初期にはまだ信号変化が出ていない場合もあり注意が必要です。

・DWI: T2WIにて信号変化が出るよりも信号変化が捉えられ、早期診断に有用であるという報告もあり( AJNR 2001;22:1476)積極的に活用するべきと思います。

・画像所見の時相:初期のMRI画像が正常であったとしても、臨床的に疑う場合はその1-2週間後に再検する必要があります。

・鑑別
 ・橋梗塞
 ・脱髄性疾患
 ・橋腫瘍 pontine glioma (転移部位として橋はまれ)
 ・代謝性疾患:Wilson, Leigh, 糖尿病、高血圧性脳症
 ・PRES:ADCが鑑別点になる

5:治療

Evidenceの確立した治療法は存在せず、予防が最も重要です(症例数も多くないため治療に関したRCTも存在しません)。免疫治療の症例報告もありますが、自然経過で改善したか治療介入により改善したかの因果関係は分かりません。

6:予後

疾患の歴史的経緯のところでも述べましたが、元々この疾患は剖検で診断されており予後が極めて悪いと思われていましたが、MRIの発達とともに軽症も含めた広い疾患概念になってきています。このことを反映して、神経学的予後が約半数では改善することが知られています(下図参照)。

重要なことは、致死的疾患ときめつけてしまいsupportive careからも撤退することは絶対に避けるべきということです。古い知識で勝手に致死的疾患だからと栄養や点滴、感染合併の場合の治療などから撤退すると救える患者さんを救うことが出来ないかもしれません。

予後予測因子としては 25例のODS患者で、
・Na<115mEq/L
・低K血症合併
・GCS<10 
が予後不良と相関関係にあったと報告されています( 参照 J Neurol Neurosurg Psychiatry 2011;82:326 )。 T2信号変化、体積では予後を予測しきれないとされています。

以上ODSに関して調べたことをまとめました。